カラスとハト ~ 悪知恵の代償

カラスとハト ~ 悪知恵の代償

カラスとハト

crows and pigeons

話を合わせて調子よく立ち回る人っていますよね。会議とかで顔色を伺いながら微妙に舵を取る人。どっちなんだよ、自分の意見はないのかって個人的には軽蔑するけど、ある意味自我を持たずに態度を保留する精神力は凄いなぁと思う。今回はどっちつかずってお話し。

人数の多い会議などで決を採る場合、こういうどっちつかずの存在は流動的で不確定要素をはらんだ場を荒らす厄介な存在。どっちか決めかねる優柔不断とは違って、パワーバランスや自己保身でどっちにつくかを決めていて、そこには明確な意思と悪意があるから質が悪い。

こんなイソップ寓話があります。

ある日、ハト小屋でおいしそうに餌を食べてるハトを見かけたカラスが羨ましく思い、ごちそうにありつくために考えを巡らせ、黒いカラダを白くすることを思いついて、まんまとハト小屋の潜入に成功し餌にありついた。

あるハトが白塗りのカラスに声を掛けると、カラスはうっかり「カァ」と鳴いてしまい、ハトたちに正体がバレてしまいます。

ハト小屋から追い出されたカラスは、渋々、仲間のカラスの群れに戻りますが、カラスたちは変な白いカラスが来たと追い返します。

白いカラスはハトからもカラスからも仲間外れになり、餌にありつけなくなりました。

あっちふらふら、こっちふらふらしていると、最後はどちらにも見放されるという『カラスとハト』というお話です。以前『虚飾のカラス』という、王様になりたいカラスがキレイな鳥の羽根をカラダに刺して着飾り、それがバレて逆にみすぼらしいカラスになったという話をコラムで書きましたが、この話も見た目を変えるという意味では似た教訓があるように思います。

気の多いクリエイター

2つの話に共通しているのは本質は変わらないというところで、見た目を偽装してもいずれはバレてしまいます。今回の話はハトにもカラスにもどちらにも受け入れられないという点で、自業自得ではありますがより残酷な結末に感じます。自分本位で仲間を結果的に裏切ってしまう行為は罪深いですよね。怒りというより失望でしょう。

クリエイターにもこういう人いますね、興味のあるあらゆるものに手を出す、所謂、気の多い人。欲望に忠実なだけで悪気はないんでしょうけど、何を得意としてる人なのか、どこに属してる人なのか、絡んでるクリエイターに聞いても「よく知らないし、ウチの人ではない」と、口々に言います。白いカラスと同じ状況です。

好奇心はクリエイティブにとって重要なファクターだと思うし、まず試してみるという行動力や推進力は重要だと思うけど、あちこちの活動に首を突っ込み、参加とは名ばかりで実際に活動はしていない、行動が伴わない、八方美人のような立ち居振る舞いは感心しません。クリエイターとして一緒にお仕事したいタイプではないですね。偏見かもしれないけどトラブルメーカーのニオイしかしない。

僕自身、好奇心も強いし行動に移す方だけど、面倒くさがりで飽きっぽい性格でもあるんで、そうならないように自戒を込めて気を付けたいと思います。

今回のテーマとはちょっと違いますけど最後に可哀そうというか気の毒な話を一つ。

本人曰く、方言や訛もすっかり抜け、流行りにも敏感になったと言う地方出身者が先日、久しぶりに地元に帰って友達と集まった時のこと、

すかしやがって!

すっかり都会に染まったな

地元を捨てたな

なんて冗談半分で言われたと。
一方で東京の人からは、

なかなか垢抜けないね

いや、どうみても東京に人には見えないでしょ

なんか素朴な感じがいいよね

なんて冗談半分に言われたと。

いやそれ多分冗談じゃなくそう感じたんだよ。ちょっと見栄張ったのか気取っちゃったのかな。地元の友達はやっかみもあってそれが鼻についたのかも。
少なくとも訛やイントネーションは残ってるし、それこっちでも通じるけど方言だよ?って言いかけてあまり親しいわけでもないから傷口に塩を塗るのは辞めといた。

地元では地元を捨てた人と言われ、東京では垢抜けずに都会の人じゃないと言われ、いったいどこの人なの?ってところだけ見れば、カラスなの?ハトなの?っていうのとオーバーラップして笑っちゃいますね。

お気の毒さま。

カラスとハト

というお話でした。

~ 本文で紹介された動画をご紹介 ~

白いカラス