モノは言いよう ~ どちら側から説得するか

モノは言いよう ~ どちら側から説得するか

モノは言いよう

Positive frame and Negative frame

今までに禁煙に失敗した人はたくさんいるだろう。僕はもう20年以上前に煙草を辞めることができました。正確には辞めさせられたというか、悔しいから意地になって辞めてやったというか。策略にハマって複雑な心境ではあるけど今では感謝してます。説得というお話。

ビジネスをする上で交渉や折衝、説得は日常的に行われます。人によっては得手不得手があると思うので、とくにフリーランスでこれが苦手って人は、本意じゃない契約で仕事を遣る羽目になることでしょう。お察しします。

さて、冒頭の話ですが僕が禁煙に成功した理由。いやさせられた理由は言ってみれば「騙し」です。ホントに単純なものですが意図も簡単に引っ掛かってしまいました。

まず事の発端は、禁煙をする7年前、オリンピックの年に最初は風邪かなぁと思って寝込んでいたんですが、3日経っても4日経っても高熱が引かず、徐々に咳が酷くなり、ただ事じゃないと思った当時付き合っていた彼女と親に付き添われて病院に行きました。
そして即入院…マイコプラズマという肺炎で約1か月入院しました。何でもオリンピックの年に流行る肺炎だとか。

それから7年経ったある日、高熱が3日続きゼェゼェするようになり、あの時のことを思い出しました。肺炎に一度かかると肺は完全には治らないようで、切欠があれば肺炎に陥りやすいから気を付けるようにと、年に一回の健康診断の度にレントゲンの肺を指されて注意喚起されていました。でもそんな言いつけは無視して毎日煙草を1箱半吸っていました。気まぐれで禁煙をしたこともありますが絵に描いたような三日坊主、やっぱ駄目だなと思ってすっかり諦めてました。

そんな時にまた悪夢が蘇ったわけです。喘息や重い肺炎をした人ならば、この苦しみがわかってもらえると思いますが、風邪の咳とは違うんです。風邪の咳は喉が痛くなりますが、肺炎の咳は喉は痛くないんです。その代わり胸や腹筋が千切れるくらい痛くなり、何より息を吸い込めないから窒息状態になるわけです。薬で抑えても一時しのぎで、効果が切れたら昼間だろうと夜中だろうと永遠に咳が止まらず、また体温が上がると余計に咳を誘発するんです。

それを思い出してしまったために、すぐに病院に行きました。入院した病院ではありませんが問診票で過去にマイコプラズマを遣ってることは医師に伝わっています。当然レントゲンも撮りました。散々待たされてやっと診察です。医師が唸っています。顔を見ずに「タバコどれくらい吸ってます?」と医師からの問い掛けがありました。

医師:「タバコどれくらい吸います?」
 僕:「1箱くらいです」
医師:「もっと吸うでしょ?2箱?」
 僕:「まぁ、日によっては・・・」
医師:「マイコプラズマ遣った時、タバコやめるように言われなかった?」
 僕:「はぁ、言われたような・・・」
医師:(レントゲンを挟んで電気をつけて肺を指して)これ判ります?今まで何回か見てますよね、肺」
 僕:「はい」
医師:「しゃれてる場合じゃないよ!」
 僕:「いいえ、そんなつもりじゃぁ・・・」
医師:「そこは、はい、でしょ?」
 僕:「はぁ・・・(ふざけた医者だなぁ)」
医師:「いつも見てる写真よりも白くない?なりかけだよ、なりかけ肺炎!そんあ病名ないけど」
 僕:「やっぱり・・・」
医師:「判ってんならタバコやめなさいよ。ホントにこのままだと死んじゃうよ!やり残したことがないならいい 
けどさぁ・・・とりあえずタバコやめないと治らないから、ね」

ショックでした。大人になってから大人に真剣に怒られたのですから。しかも生死を身近に感じてる医師にです。まだ20代半ばで死にたくないなぁってシンプルに思いました。咳が出る間はとてもタバコが吸いたいとは思わず、1週間後にまた来るように言われてたので、診察に行きました。微熱が続いてはいましたが咳は小康状態です。
医師に「タバコ吸ってないだろうねぇ」と言われたので、かぶり気味に「吸ってません!」と答えました。当然だね、吸いたくもないだろうと見透かされてるようでした。

もう1週間様子見ましょうということで、更に1週間、同じように過ごしました。レントゲンを撮り、まだ煙ってるなぁと言われました。煙ってるというのは肺に炎症があると白くモヤが掛かってる様に写るんです。
熱も下がり、咳もあまり出なくなったので、次は2週間後と言われました。

そして2週間後、驚きの発言を耳にします。

医師:「もう大丈夫そうだね(肺の少し煙ってるところを指して)一度、重い肺炎遣るとねクセになっちゃうんだ
   よね、キレイな肺には戻らないんだよ」
 僕:「はい、以前もそう言われました」
医師:「風邪こじらせてもすぐ肺炎になるからね、気を付けて」
 僕:「(はい、のくだりはスルーなのかよ!)あの~この1ヶ月タバコ辞めてます、言いつけどおりに」
医師:「・・・言いつけ?何それ?」
 僕:「え?タバコやめないと死んじゃうよって言われたので、守ってます」
医師:「そんなこと言った?ハハハ、死なないよ、そんなことぐらいで(爆笑)」
 僕:「は!?」
医師:「僕なんか一日4箱吸ってるけど長生きしてるよ」
 僕:「肺炎に影響があるんじゃ?」
医師:「勿論、よくはないけど、辞めさせる権限は僕には無いからさぁ・・・(まだ笑ってる)」
 僕:「・・・」
医師:「それに無理に我慢することの方がストレスで胃がやられちゃうかもよ(ニヤニヤ)」
 僕:「(こいつ!ムカっ!)」

周りの看護師もクスクスしていた。いつものことのようでした。で、僕はあまりにも悔しすぎて、そっから吸ったら負けた気がするので、そのまま辞める決意をしました。
ちょうどそのころ、タバコが1箱モノにもよりますが20円値上げされた時期で、経済的にも助かるし、何より『悔し~です!』って言う気持ちで半年は軽く乗り切れました。

その後、「あ、吸っちゃった!」って深く落ち込む夢を見たり、何となくタバコを探すような癖が出たりしましたが、人の煙がウザくなったり、タバコを吸ってるのを見ても欲しくなくなったりして、ようやく辞めることに成功しました。

ネガティブ・フレーム

さて、前段が長くなりましたが本題はここから。以下の2つの言葉を聞いて、みなさんはどう感じますか?

「タバコ辞めないと死んじゃうよ」
「タバコ辞めたら飯も上手いし長生きするよ」

両者は同じことを言っています。モノは良いようですね。上はネガティブな発言(ネガティブ・フレーム)、下はポジティブな発言(ポジティブ・フレーム)です。どうでしょう?人に寄ると思いますが、多くの人はネガティブ・フレームの方がインパクトが強いと感じるのではないでしょうか?

相手をどうしても説得しなければならないときは、ネガティブ・フレームの方が説得効果が高いと言われています。
心理学者メアリー・ピントは、全米で人気がある24雑誌、3,000以上の広告表現を分析。すると実に43%が恐怖心をあおる表現、つまりネガティブ・フレームを使っているという調査結果が出ました。恐怖心をあおる広告表現とは以下のようなものです。

「このままでは太ります」
「病気になりますよ」
「異性にモテませんよ」

この業界を例に伝え方の違いを見てみましょう。

CMSを使っても「10% は御社の遣りたいことがクリアできません」
CMSを使うと「90% は御社の遣りたいことに近付けられます」

「10% の確率で10,000ユーザー獲得できます」
「100% の確率で1,000ユーザー獲得できます」」

広告効果の場合、恐怖心をあおるほうが効果が高いと言いましたが、しかしそれがすべてのケースで当てはまるわけじゃありませんし、いつもネガティブなアプローチをしていると効果も薄れる上に芸もありませんし、相手を追い詰める心理的バイアスが、かえって商談を進めにくくする可能性もあります。

要するにケースバイケースで使い分けることが重要です。例えば普段はポジティブに「甘いものをちょっと控えたら痩せるんじゃない?」って言う気遣いを見せながら、食べ過ぎちゃったときには「ホントにそんな食べ方してたら太って病気になっちゃうよ!」てキツく戒めることで、同じ内容でも心理的効果が増すことってありますよね?

ポジティブ・フレームの場合、内容はリスク回避型、つまり「○○すると、回避できますよ」となり、ネガティブ・フレームの場合、内容はリスク志向型、つまり「○○しなければ、こうなっちゃいますよ」となります。どちらがいいという話ではなく、使いどころが重要ってことです。

また、相手に騙されないことも重要です。先ほどの恐怖心をあおる広告で、43%がネガティブ・フレームだと言いました。しかし裏を返せば、57%はネガティブ・フレームではなかったということになります(57%がポジティブ・フレームとも言っていません)。
何事にも裏表が必ずあるということも、是非、忘れないでいただきたいなぁと、忠告申し上げておきます。

長々と実の有るような無いような話をしましたが、みなさんの営業活動や交渉、折衝、説得などのシーンで、僕の取るに足らない体験談を思い出して、少しでもお役に立てたらなぁと思ったわけです。

ちなみに未だに「あ!タバコ吸っちゃった!」って夢は年に1,2回見ます。辞めてから20年近く経つのに未だに夢に出てくるとは…タバコを辞めるのは理屈じゃないってことだけ先輩として言っておきます。辞めるコツは騙されることです。

モノは言いよう

というお話でした。