逃げ切る技術
Stalemate
チェスには「ステイルメイト」という、奇妙なルールがあります。自分の番なのに動かせる駒が一つもなく、かつ王がチェックされていない状態になると、戦力差に関係なく強制的に「引き分け」となるルールです。勝つことより負けないことが大事だと思う筆者にとって、最も共感できるルールです。今回は 逃げ切る技術 というお話。
奇妙なルール
チェスでは、大手を掛けた「チェックメイト(詰み)」とは別に「ステイルメイト」というルールがあります。負けているはずなのに引き分けになる。チェスを知らない人が聞くと、首をかしげるような、謎めいたルールです。
クリエイティブの世界でも、これに似た状況はありませんか。クライアントの要望と予算が完全に衝突し、どちらに転んでもプロジェクトが破綻してしまう。あるいは、技術的な制約で「進むことも退くこともできない」膠着状態に陥ることもあります。
しかし、ステイルメイトの真髄はそこではありません。圧倒的に不利な側が、あえてこの状況に持ち込むことで負けを回避する。その逆転の守備戦術にこそ、本質があります。
ステイルメイトの歴史
また、ステイルメイトには興味深い歴史があります。そのルールはかつて「負け」「引き分け」「勝ち」と、時代や国によってバラバラでした。たとえば17世紀のイングランドでは、ステイルメイトを仕掛けた側が「負け」とされていました。
さらに、王侯貴族の相手をしていたプロ棋士たちは、貴族のメンツを潰さないよう配慮しました。そして「ステイルメイトは引き分け」というルールを定めました。これが、今日のルールにつながったという経緯もあります。つまり現代のルールは、純粋な競技論理だけではなく、政治的・社会的な配慮によって形成されたものでもあるのです。
そういう意味では、勝つことよりも負けないというポリシーは、ステイルメイトの精神に合っているかもしれません。
膠着を戦略に変える
ステイルメイトをビジネスの現場に置き換えてみましょう。たとえば、納期・品質・予算のすべてを同時に満たせないとき。どちらかを諦めて全体を破綻させるより、「いったん止まる」選択が有効なことがあります。
膠着状態を「失敗」と捉えるのか、「次の一手を考える時間」と捉えるのか。そのフレームの違いが、プロジェクトの結末を大きく左右します。
また、クライアントとの交渉でも同じことが言えます。強引に押し切ろうとすれば、関係が壊れてしまいます。しかし、あえて「今は動かない」という姿勢を見せることで、膠着そのものを交渉のカードにできることもあります。
負けを認めないために、あえて引き分けを狙う。そのしたたかさこそが、長いキャリアを生き抜く「逃げ切る技術」なのかもしれません。
ちなみに…
ステイルメイトは今日、外交や政治の文脈でも「膠着状態」「行き詰まり」を指す言葉として広く使われています。一方、以前テーマとして取り上げた、同じチェス用語の「ツークツワンク」は「動かざるを得ない絶望」を意味します。
ステイルメイトが「動けないまま止まる状態」であるのに対し、ツークツワンクは「動くことで自滅する状態」です。そのニュアンスの違いが、面白い対比になります。
どちらも追い詰められた状況を指す言葉ですが、ステイルメイトにだけは「引き分け」という出口があります。その一点が、決定的に違います。
どちらも追い詰められた状況を指す言葉です。しかしステイルメイトにだけは「引き分け」という出口があります。その一点が、決定的に違います。
勝てない局面でも、負けない選択は常に残されている。
ステイルメイト
というお話でした。
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(参照・出典)

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。