執着と撤退
Sunk Cost Effect
時間をかけた。お金も使った。ここまで頑張った。だから、今さらやめるわけにはいかない。しかし、その判断は未来のためではなく、もう取り戻せない過去に縛られているだけかもしれません。今回は、「もったいないからやめられない」というお話。
ここまでやったのに
Webサイトをリニューアルする。
企画を立てる。
デザインをつくる。
コーディングをする。
何度も修正する。
気づけば、数か月が経っている。
ところが、途中で気づく。
「あれ? この企画、もう必要ないんじゃない?」
市場が変わった。クライアントの方針が変わった。もっと良い方法が見つかった。あるいは、最初の方向性そのものが間違っていた。そんなとき、本来なら一度立ち止まって考え直すべきです。今から始めるとしたら、同じことをやるだろうか。答えが「やらない」なら、続ける理由を見直す必要があります。それでも、人はなかなかやめられません。
なぜなら、
「ここまで時間をかけたから」
「ここまでお金を使ったから」
「ここまで頑張ったから」
と思うからです。
こうした、すでに支払ってしまい、取り戻すことのできない時間や費用を「サンクコスト」と呼びます。日本語では「埋没費用」と訳されます。そして、そのサンクコストに引っ張られて、本来ならやめるべきことを続けてしまう心理的な傾向が、サンクコスト効果です。
もう取り戻せない過去を理由に、これから失う未来まで差し出してしまう
人は「損をすること」よりも、「損を認めること」が苦手なのかもしれません。
もったいないは、未来を見ていない
サンクコストの厄介なところは、「もったいない」という感情がとても正しく聞こえることです。確かに、途中でやめれば今までの努力は無駄になるように思えます。
100時間かけた。
100万円使った。
何度も失敗した。
だから、もう少し続ければ報われるかもしれない。
しかし、ここで考えるべきなのは、
「今までいくら失ったか」ではありません。これから先、何を得られるのかです。すでに使った100万円は、続けても戻ってきません。すでに費やした100時間も、取り戻せません。そのお金と時間は、すでに過去のものです。
にもかかわらず、
「ここまで使ったから」
という理由だけで、さらに時間とお金を注ぎ込んでしまう。
すると、
100万円の損失を認めたくなかった結果、200万円を失うことになるかもしれません。100時間を無駄にしたくなかった結果、さらに500時間を失うことになるかもしれません。
もったいないと思っているのは過去です。しかし、失われるのは未来なのです。
クリエイターは、作品を捨てにくい
クリエイティブの仕事では、サンクコスト効果が起こりやすいように思います。なぜなら、作品には時間だけでなく、感情も投入しているからです。人によっては、わが子を産み落としたり、分身のような感覚を持ってる人も少なくありません。
何時間もかけてつくったデザイン。
何日も悩んで書いたコード。
何度も書き直した文章。
やっと完成した企画書。
しかし、完成したからといって、それが最善とは限りません。
クライアントから、
「方向性を変えましょう」
と言われる。
ユーザーテストで、
「使いにくい」
という結果が出る。
公開後、
「誰にも使われていない」
ことがわかる。
それでも、
「でも、こんなに時間をかけたんです」
と言いたくなる。
気持ちはよくわかります。僕も実体験として何度も経験しています。しかし、ユーザーは制作時間や制作工程を知りません。
このロゴをつくるのに何時間かかったのか。
このアニメーションを書くのに何日かかったのか。
この機能を実装するために、どれだけ苦労したのか。
でもユーザーにとっては、そんなことは関係ないのです。ユーザーが見るのは、目の前にあるものだけです。使いやすいか。わかりやすいか。役に立つか。それだけです。
だから、ときには自分が苦労してつくったものを捨てなければならない。クリエイターにとって、それはなかなか辛いことです。苦労してつくったことと、価値があることは≠(ノットイコール)なのです。
完成させる能力と同じくらい、捨てる能力も必要なのだと思います。
やめることは、失敗ではない
「やめる」と聞くと、どこか負けたような気がします。
事業を畳む。
プロジェクトを中止する。
仕事を変える。
人間関係を終わらせる。
使われないWebサイトを閉じる。
どれも「諦めた」という言葉で片づけられてしまうかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか。間違った方向へ進んでいるとわかっているのに、
「ここまで来たから」
という理由だけで進み続けることは、勇気でしょうか。それとも、引き返すことが怖いだけでしょうか。続けることには、忍耐が必要です。でも、やめることにも勇気が必要です。特に、長い時間をかけたものほど難しい。自分の努力を否定するような気がするからです。
しかし、やめたからといって、過去のすべてが無駄になるわけではありません。失敗した事業から学んだこと。使われなかったWebサイトをつくった経験。合わない仕事をした時間。終わってしまった人間関係。それらは取り戻せません。
でも、その経験まで消えるわけではありません。クリエイターのポートフォリオには載らない作品があります。世に出なかった企画もあります。途中でボツになったデザインもあります。しかし、それらをつくった時間が、次の作品の中に消えていることがあります。
これまでの時間や努力が無駄だったかどうかは、やめた瞬間には決まりません。その後、何につなげるかで変わることもあります。
ちなみに…
サンクコスト効果の例として、よく「コンコルド」が語られます。イギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機コンコルドは、開発途中から採算性への懸念が指摘されていました。それでも、すでに巨額の開発費を投じていたこともあり、開発は続けられました。
この事例から、サンクコストに縛られて合理的な撤退が難しくなる現象を「コンコルド効果」と呼ぶことがあります。ただし、「ここまで投資したのだから続けなければならない」という考え方は、コンコルドだけの話ではありません。
映画を途中まで観たから最後まで観る。美味しくない料理でも、お金を払ったから全部食べる。遊ばなくなったゲームを、いつか遊ぶかもしれないと消せない。人は小さな日常の中でも、すでに払ったコストに縛られています。
過去に支払ったものは戻りません。だからこそ、未来のために何を選ぶのか。
それを考えることのほうが、大切なのかもしれません。
続けた時間を惜しむより、これから使う時間を大切にしたい
サンクコスト効果
というお話でした。
~ 関連する記事 ~
~ 本文で紹介された書籍をご紹介 ~
(参考・出典)

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。