2つの未来の分岐点
Imagining future elves
あなたは今の選択が、3年後の自分にどんな影響を与えるか、想像できますか。イスタンブールの小学生を対象にした実験で、ある「女の子の物語」が子どもたちを変えました。今回は 未来の自分に会いに行く というお話。
自転車が欲しい女の子の話
EUI(欧州大学院)の経済学教授 スーレ・アランは、大規模なランダム化比較実験を実施しました。対象はイスタンブールの、経済的に恵まれない地区の小学4年生。
この実験の目的は、忍耐力・やり抜く力(グリット)・知的好奇心という3つの非認知スキルを、普通の授業の中で伸ばせるかどうかを検証することでした。
その忍耐力の実験で第1週に登場するのが、「ゼイネップのタイムマシン」 というケーススタディです。
ゼイネップに「今、一番欲しいものは何ですか?」と聞く。
すると彼女は「自転車が欲しい」と答えます。
「ではそのためにはどうしたらいいですか?」と聞くと、「毎月の少額のお小遣いを貯めなければなりません」と答えます。
でも、そのお小遣いをおもちゃや、お菓子に使ったり、目の前には誘惑がたくさんあります。
そこでタイムマシンに乗ったゼイネップは、お小遣いをコツコツと「貯めた未来」と「使ってしまった未来」の2つの世界を訪れ、それぞれの結果を目の当たりにするのです。
子どもたちは、ゼイネップが見た2つの未来を議論します。そして、自分が同じ状況に置かれたらどうするかを想像し、劇にして演じます。
つまり、ゼイネップにも子どもたち自身にも、「選択した未来」と「選択しなかった未来」の2つが存在することを体感させるわけです。貯金できたゼイネップと、貯金できなかったゼイネップ。二人は今、どこで何をしているでしょうか。
ゼイネップのタイムマシンの視点は、制作現場にも応用できます。「今、楽なコードを書くか」「未来の保守性のために今苦労するか」。そういう選択の連続の中で、目先の納期の誘惑に負けそうな時、未来の自分を救うための「知的な忍耐」を思い出させてくれます。
制作現場でも「今、楽なコードを書くか」「未来の保守性のために今苦労するか」、そういう選択や判断の連続です。ゼイネップの視点は、目先の納期の誘惑に負けそうな時、未来の自分(あるいはチーム)を救うための「知的な忍耐」を教えてくれます。
「未来を想像する力」は鍛えられる
実験の結果は、明確でした。介入を受けた子どもたちは、その後の実験で忍耐強い選択をするようになりました。さらに、その効果は介入から約3年後まで持続しています。
また、行動評価においても改善が確認されています。具体的には、問題行動が減少したことが学校の公式記録にも残っています。
「自尊心(Self-esteem)」「忍耐力(Patience)」「やり抜く力(Grit)」。この3つの柱は個別の能力ではありません。未来の自分を肯定的に捉える「知的好奇心」によって、互いにつながっています。
実験では、難しい課題に直面した際に違いが出ました。プログラムを受けた子どもたちは「自分には才能がない」と諦めるのではなく、「努力によってスキルは向上する」という成長マインドセットを持って再挑戦する確率が、有意に高まったのです。
はなく、未来の自分を肯定的に捉える「知的好奇心」によって繋がっています。
アラン教授はこの研究について、次のように語っています。「社会経済的スキルは、その重要性を理解した教師によって、教室の中で育てることができる」と。
ゼイネップのタイムマシンは、子ども向けの実験でありながら、実は大人にこそ刺さる問いかけです。
ちなみに…
ちなみに、「未来の自分を想像する」という手法は、行動経済学や行動心理学でも広く注目されています。
たとえば、スタンフォード大学のハル・ハーシュフィールドらの研究では、老後の自分の顔をコンピューターで生成して見せると、貯蓄行動が大きく変わることが示されています。ゼイネップのタイムマシンと根っこは同じ発想です。
未来の自分は他人ではなく、今の自分の延長線上にいる。そのことを「体感」させることが、行動を変える鍵になるのかもしれません。
ゼイネップがタイムマシンで行き来するのは、物理的な未来ではなく「可能性」の未来です。選択によって変わる2つの未来を想像すること。それは、自分の人生の主導権を取り戻す行為に他なりません。
この研究に参加した子どもたちは、その2年後に同様の実験を行っても、引き続き同じ思考パターンで行動することが確認されています。つまり、ゼイネップのタイムマシンで育てられた考え方は、日常生活にまで定着しているということです。
未来の自分に会いに行く
というお話でした。
もしあなたが迷った時は、心の中のタイムマシンに乗り込み、未来の自分に問いかけてみましょう。「その選択をした未来のあなたは、笑っていますか?」と。
~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~
(参考・出典)