スカボローフェア

スカボロー・フェア ~ 400年を旅したバラッド

スカボロー・フェア

Scarborough Fair

動画のサムネを眺めていると、懐かしいタイトルが目に飛び込んできた。「スカボロー・フェア」——サイモン&ガーファンクルが歌うあの曲だ。メロディーもそうだけど、ハーブが繰り返し出てくる、なんて不思議な曲だろうと、子どもながらに感じたあの感覚を思い出した。今回は 不思議なバラッド というお話。

中世から伝承されたバラッド

「スカボロー・フェア」に初めて触れた人は、まずその歌詞の奇妙さに気づくのではないだろうか。

語り手は「スカボローの市(マーケット)に行くの?」と旅人に語りかける。そして「もし行くなら、かつて私の恋人だったあの人に伝えてほしい」と続ける。

ここまでは恋のはじまりを予感させる歌だ。しかし、伝言の中身がちょっと意味が分からない。

縫い目のないシャツを作ってほしい。流れない水で洗ってほしい。海と砂浜の間の土地に干してほしい——。

どれも物理的に不可能な要求ばかりだ。それを果たせたなら、また恋人に戻れると言う。

「スカボロー」はイギリス北東部ヨークシャー州にある海沿いの町で、「フェア」は定期的に開かれる市のこと。中世から続くこの市はかつて最大級の交易の場として栄え、旅人が伝言を運ぶことは珍しくなかったようだ。つまり歌の舞台は、リアルな当時の情景を反映しています。

ハーブの呪文が意味するもの

そして呪文のように繰り返されるのが「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム(Parsley, sage, rosemary and thyme)」というハーブの羅列です。

中世ヨーロッパでこれらのハーブは魔除け・浄化・記憶・勇気の象徴とされていました。妖精や悪霊から身を守るための呪文的な意味を持っており、歌の中で繰り返し唱えることは、何か見えない脅威に対して結界を張る行為でもあったと言われています。

不可能な条件を突きつける恋の歌と、魔除けのハーブの呪文。この不思議な組み合わせには、どうやらもっと古い物語の記憶が宿っているようなのです。

妖精の騎士と乙女の賭け ― 「エルフィンナイト」

「スカボロー・フェア」の原型とされているのが、400年前の「エルフィンナイト(The Elfin Knight)」というバラッドです。バラッドとは、作者不詳のまま口伝えで受け継がれてきた物語歌のこと。

エルフィンナイトは19世紀にハーバード大学のフランシス・チャイルド教授が体系的に収集した「チャイルド・バラッド」の第2番に登録されており、1670年頃には記録が確認されています。

物語の骨格はこうです。

丘の上に座る妖精の騎士が角笛を吹く。その音を聞いた乙女が「あの騎士と結ばれたら」と胸の中で呟いた瞬間、騎士が目の前に現れる。そして「おまえを連れていく。ただしこの課題を果たせ」と、不可能な難題を突きつける。

この「不可能な課題」こそが、スカボロー・フェアの歌詞に出てくる条件と重なります。エルフィンナイトでは妖精と乙女の呪術的な駆け引きだったものが、やがて人間の失恋の歌へと変わった。

そのため、妖精から身を守る魔除けだったハーブは、壊れた恋の痛みをやり過ごすための癒しへと意味を変えていったのです。

歌に込められたもう一つのテーマ

これを踏まえて、改めて「スカボロー・フェア」を聴いてみてほしい。

サイモン&ガーファンクルの1966年版「スカボロー・フェア/詠唱」は、伝統的な歌詞を歌いながら、その裏でポール・サイモンがかつて書いた反戦歌「ザ・サイド・オブ・ア・ヒル」の旋律と歌詞を重ねた二重構造になっています。つまりこの曲には、聴こえる歌の裏に、別の歌が流れているのです。

戦場に送られた兵士の描写が、恋の歌の下に静かに流れ続ける。ふたりが20代を過ごした1960年代はベトナム戦争の真っ最中でした。しかし彼らは、声高な反戦ソングにはしませんでした。400年前の恋の歌に、祈りをひっそりと縫い込むことを選んだのです。

直接的に表現するより、古い恋の歌の裏に戦場を隠して流す方が、さりげなく意図が忍び込む。そして気づいたとき、妙に刺さることがある。僕は個人的に、そういう仕掛けが大好きです。

制作でも、頼まれてもいないのにギミックやエフェクトをこっそり忍ばせ、404ページをこっそり作り込んで、後から気づいてもらうサプライズが大好きでなので、クライアントが後から驚くのを密かな愉しみにてます。

そして繰り返されるハーブの呪文——パセリ、セージ、ローズマリー、タイム。これは単なる歌詞の反復ではありません。

400年前に妖精の騎士が乙女に突きつけた不可能な課題が、恋の歌となり、反戦の祈りとなり、何か見えない脅威から身を守るために、時代を越えて今も誰かのプレイリストで流れ続けているのです…おまじないのように。

ちなみに…

スカボローのセントメリー教会には、『嵐が丘』で知られるブロンテ姉妹の三女アン・ブロンテの墓があります。病気療養でこの町を訪れた彼女は1849年、29歳の若さで息を引き取りました。

妖精の騎士が角笛を吹き、捨てられた恋人が不可能な条件を送り続けた舞台で、文学史上の別れがもうひとつ重なっている。そのことが、なんとも感慨深いです。

400年を旅した不思議なバラッド

というお話でした。

~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~

(参考・出典)