損して得取れ

損して得取れ ~ 先に与えた者が最後に笑う

与える者にだけ見える景色

Give to gain

ある日、ウニを採取するダイバーと魚たちが不思議な共生関係を築いているという話を耳にした。しかも、そのダイバーは普通なら誰もやらないような行動を続けていたという。だからこそ僕の好奇心に火が付き、その理由を調べてみることにした。偶然生まれた関係なのか、それとも何か狙いがあったのか。今回は、「共生」というお話し。

共生の原理

ウニ漁をする一部のダイバーたちの行動が気になっていました。海の中で採取したウニを、わざわざ割って魚たちに食べさせているというのです。

高価なウニを自分で食べるわけでもなく、持ち帰るわけでもない。その場で割り、魚たちに振る舞うのです。傍から見れば、なんとも太っ腹な行為でしょう。しかし、この行動には思いがけないメリットがありました。

ウニは硬い殻に覆われています。そのため、魚たちが自力で殻を割るのは簡単ではありません。

そんな魚たちにとって、ダイバーが割ってくれるウニは格別のご馳走です。何度もご馳走にありつけば、魚たちもダイバーの存在を覚えるのかもしれません。

やがて魚たちは、ダイバーが現れるとウニのいる場所へ向かうようになります。まるで「こっちにご馳走があるよ」と案内しているかのようです。

さらに、ガリバルディというオレンジ色の魚にも興味深い話があります。ガリバルディは縄張り意識が強い魚です。ウニを駆除するダイバーに、歓迎するような反応を見せることがあるといわれています。

ダイバーにとって、魚がウニのいる場所を知らせてくれれば助かります。一方、魚たちにとっても、ウニを割ってもらえるのは嬉しいことです。

まるで、亀が竜宮城へ案内してくれる昔話のようです。先に与えたものが、思いがけない形で返ってくる。そんな関係を想像させるエピソードです。

損して得取れ——先人の知恵

「損して得取れ」とは、目先の利益にこだわらず、長い目で物事を考えることの大切さを説くことわざです。最初は損に見えても、将来、大きな利益につながることがあります。

誰かに何かを差し出すと、相手との関係が変わることもあります。そして、自分ひとりでは届かなかった場所へ、連れて行ってもらえるかもしれません。

オープンソースが生む価値

クリエイティブの世界にも、似た考え方があります。その代表例が、オープンソースです。

開発者は、時間と労力をかけて作ったコードやアプリケーションを公開します。誰もが利用できる形で提供するため、一見すると損をしているように見えるでしょう。

しかし、公開されたコードには世界中の開発者が参加できます。改善案が寄せられたり、不具合が報告されたりすることもあります。こうした協力が積み重なれば、開発者ひとりでは実現しにくい品質や機能につながります。

知識の共有が次の誰かを助ける

WordPressやReact、Vue.jsなども、多くの開発者や利用者に支えられている技術です。Web制作者が便利なツールを使える背景には、知識や技術を共有してきた人々の存在があります。

誰かが知識を公開してくれたからこそ、私たちはその成果を活用できます。ウニ漁の逸話に重ねるなら、誰かがウニを割ってくれたからこそ、次の誰かが恩恵を受けられるのです。

教えることも、未来への投資

メンター制度にも、同じ考え方が見られます。経験のある人が、駆け出しのクリエイターに時間を割いて教えるのです。

すぐに報酬が得られるとは限りません。しかし、教わった人が成長すれば、チームの力が高まる可能性があります。将来、その人が仲間を助けることもあるでしょう。

教える側にもメリットがあります。知識を言葉にすることで、自分の理解が深まる場合もあります。相手の新しい視点から、思いがけない発見を得ることもあるのです。

小さな協力が未来を変える

では、なぜ自分の時間や知識を他人に分け与えるのでしょうか。

それは、相手のためだけではありません。自分自身や、業界全体の未来にもつながるからです。

今日の小さな協力が、明日の大きな可能性を生み出すこともあるのです。

唯一のコツ

見返りを求めすぎない

ここで、ひとつ大切な前提があります。ウニ漁のダイバーが、魚に案内してもらうことだけを期待してウニを割っていたら、同じ関係は生まれなかったかもしれません。

人間関係でも同じです。「教えてやるから、後で見返りを寄こせ」という態度では、メンタリングもうまくいきません。相手の成長より自分の利益を優先すれば、信頼を失う原因になります。

与えることと、自分を犠牲にすることは違う

オープンソースも、単純に利益を求めないから成り立つわけではありません。公開されたコードを通じて、開発者同士が協力し、技術を育てる仕組みがあります。関連サービスやサポートを有料で提供することも可能です。

大切なのは、最初から相手を利用することだけを目的にしない姿勢です。

では、共生が成立するために必要なものは何でしょうか。

それは、目先の損得だけで相手との関係を判断しないことです。与えたものが、必ず同じ相手から返ってくるとは限りません。それでも、誰かのために行動すれば、新しい信頼やつながりが生まれることがあります。

「損して得取れ」とは、ただ我慢して損を受け入れる教えではありません。目先の利益を超えて、長く続く関係を築くための知恵なのです。

クリエイターができる小さな一歩

クリエイターとして信頼されたいなら、まずは自分にできることを誰かに提供してみましょう。知識を共有する。困っている仲間に手を貸す。相手の仕事がよりよくなる方法を考える。そんな小さな行動から始められます。

ただし、自分を犠牲にする必要はありません。無理な依頼には断る勇気を持ち、仕事には適切な対価を求めることも大切です。互いを尊重できてこそ、協力関係は長く続きます。

私たちが普段使っている技術やサービスも、誰かが知識や経験を共有してくれたからこそ、今の形になったのかもしれません。

見返りを求めて与えるな。信頼が育つ種をまこう。

ちなみに…

ちなみに、生物学者ロバート・トリヴァースは「今日あなたを助けるから、いつか助けてね」という関係が、長期的には生存や繁栄に有利に働くとして「互恵的利他主義」という理論を提唱しました。

実はこの考え方は人間社会でもよく観察されています。

例えばエンジニア界隈では、自分の仕事とは直接関係のない技術ブログを書いたり、勉強会で知識を共有したりする人がいます。一見すると時間の持ち出しですし、ライバルを増やしているようにも見えます。

しかし数年後、思いもよらないところから仕事の相談が来たり、「あの記事に助けられました」と声を掛けられたり、優秀な仲間との出会いに繋がったりします。与えた本人も予想していなかった形で、信頼や人脈というリターンになって返ってくるのです。

オープンソース文化が発展した背景にも、こうした側面があります。最初は善意で公開されたコードが世界中の開発者に改善され、結果として作者自身が最大の恩恵を受けることも珍しくありません。

個人的に、こうした偶然から思いがけない関係が生まれる話は大好きです。計算ずくではないからこそ、面白い。そんな出会いがあるのは、少し羨ましくもあります。

一方で、ダイバーが魚にウニを与えた結果、魚が案内役になってくれたように、最初から計算していたわけではなく、あとから思わぬ形で利益になることもあります。

だからこそ「損して得取れ」は投資の話ではなく、信頼の話なのかもしれません。

与えることは損ではなく、未来を共につくる一手だ

損して得取れ

というお話でした。

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参考・出典