天の岩戸

天の岩戸 ~ 個性の集結

異なる力が光を取り戻す

Gate of the Celestial Rock Cave

これまで何度か女性制作ユニットQriousについて話してきました。ユニットではメンバーそれぞれが遣りたいと思うことや得意な分野を極めてもらうために完全分業制をとっています。しかし分業制を進めるが故に、疎かにできない問題もあります。今回は、「役割分担とチームワーク」というお話。

天の岩戸とは

天の岩戸は、『古事記』や『日本書紀』に登場する、日本神話の一場面です。太陽神・天照大神が岩窟に引き篭もり世界が暗闇となった時、八百万の神々はそれぞれの得意を活かして力を合わせ、光を取り戻したという、こんな話があります。

太陽神の天照大神(あまてらすおおみかみ)が須佐之男尊(すさのおのみこと)の乱暴に嘆き悲しみ、天の岩戸に引き篭もり、この世は暗黒の世界となった。
作物も生物も育たなくなったばかりか、邪悪な神が災いを至るところで起こすようになり、困り果てた八百万(やおよろず)の神々が集まって、天照大神に出てきてもらうように画策する。
知恵者である思金神(おもひかね)の提案で多くの神々が力を尽くした。岩戸の前で夜明けを告げる長鳴き鳥(にわとり)をたくさん集めて鳴かせ、伊斯許理度賣尊(いしこりどめのみこと)に鏡を作らせ、天津児屋根尊(あめのこやねのみこと)が祝詞を唱え、天宇受賣尊(あまのうずめのみこと)は裸で踊って皆で宴を行った。
外が騒がしく思った天照大神が様子を伺うと自分が岩戸に篭って闇になっているのに、何故、天宇受賣尊は楽しそうに舞っているのだろうと岩戸を少し開けたところ、神々しく光り輝く尊い神だと、自分の姿を鏡で見たとも気付かずに勘違いし、もっとよく見ようとして乗り出したところ、力のある神である天手力男尊(あめのたぢからをのみこと)が岩戸を開け、天照大神を引っ張り出し、布刀玉尊(ふとだまのみこと)が岩戸に縄を引いて岩戸に戻れないようにして、この世に光と平和が戻った。

『 天の岩戸 』という話。

登場人物こそ多くて、ちょっとややこしいですが、この神々の登場人物や構成こそが今回のポイントです。

それぞれの役割分担

現代風に置き換えて考えると、思金神(おもひかね)が企画・立案を行い、それに従って神々がそれぞれの得意分野で役割を果たし、「楽しい!面白い!」と思わせるような、人を引きつけるイベントで目的を達成させます。
また、このイベントに際して、八百万の神々は実にイキイキとそれぞれのミッションをこなしています。

一つの目標に向かって、それぞれのミッションを楽しみながらも専門分野をプロとしてキッチリとこなす。
神様たちの行いになぞらえるのもおこがましいですが、冒頭に話した女性制作ユニットQriousというクリエイター組織でも、完全分業制をとっています。デザイナー、コーダー、イラストレーター、ライター、プロデューサーがそれぞれの専門を極め、一つの案件を仕上げていく形です。

一人ひとりの力はそれほど大きくなくても、チームとしてまとまった時に大きな力を発揮できる。天の岩戸の八百万の神々と、構造はまったく同じです。
企業やグループでも『 天の岩戸 』から見習うべきところがあるのではないでしょうか。

分業には接続が必要

ただし、分業すれば成功するわけではありません。担当を分けるだけでは不十分です。情報が途切れるからです。

デザインの意図が、実装時に伝わらないことがあります。文章の狙いが、デザインに反映されないこともあります。その結果、完成物がばらばらになります。

そこで、共通の目的が必要です。

まず、チーム全体で目的を確認します。何を実現するのかを確認します。

次に、誰に届けるのかを決めます。

さらに、途中で確認する場を作ります。

その結果、専門性を保ったまま連携できます。

こうすれば、専門性を保ったまま連携できます。

天の岩戸でも、神々は同じ目的に向かいました。

「天照大御神に出てきてもらう」という目的です。

だから、役割が違っても協力できました。

個性を消さない

チームワークでは、全員を同じにしようとしがちです。しかし、それでは個性が弱くなります。得意な人が、苦手な仕事を無理に担当する必要はありません。

逆に、苦手を隠す必要もありません。得意と不得意を共有することが大切です。そのうえで、役割を決めます。

例えば、発想が得意な人がいます。

細部の確認が得意な人もいます。

人と話すことが得意な人もいます。

一人で集中する人もいます。

この違いを活かせば、制作は安定します。個性は、チームのノイズではありません。組み合わせ方によって、強みになります。

「しゃがむ」時間

天照大神(あまてらすおおみかみ)が岩戸に隠れたことにも、別の見方があります。外から見ると、問題を放置したように見えます。しかし、すぐに動けない時もあります。原点に立ち返るためには、篭る時間が必要だったともいえます。

再びジャンプするには、一旦しゃがむ動作が必要です。それは組織でも個人でも同じです。ただし、傍の人間にとってはその間が暗闇であることも忘れてはなりません。

それにしても傍迷惑な兄弟喧嘩ですが、八百万の神々も、騙す相談や計画を立てたり、裸踊りを舞って見せたり、強引に岩戸から引っ張り出したりと人間よりも人間味を感じます。
あまり言うと、罰が当たりそうなのでこの辺にしときます。

光を戻すのは一人ではない

天の岩戸の解決は、単純な力比べではありません。

知恵がありました。演出もありました。道具もありました。最後には、力も必要でした。

つまり、複数の力が順番に働いています。

そのため、一人ですべてを抱える必要はありません。

制作も同じです。

企画だけでは完成しません。技術だけでも届きません。表現だけでも伝わりません。それぞれがつながって、成果になります。

だから、リーダーの役割は一人で答えを出すことではありません。むしろ、得意な人が動ける状況を作ることです。

そのうえで、進み具合を見守ります。

ちなみに…

ちなみに、天照大神(あまてらすおおみかみ)を見つけた「長鳴き鳥」にまつわる話も面白いです。長鳴き鳥、つまりニワトリが高い棒の上にとまり「ここだ!(コケコッコー)」と鳴いたとされています。その棒が「鳥居」と呼ばれるようになり、聖域との境界線(結界)として現代まで受け継がれました。

そのため鳥居は、太陽を望む東や南を向いていることが多いといわれています。神社に足を運んだ際に鳥居の向きを確かめてみると、天の岩戸の神話とつながって、少し違った見え方がするかもしれません。

ホントにあった話なのかは今となっては確かめようもないが、実際に隠れたという天の岩戸や神々が集まって相談したという天の安河原が宮崎県の高千穂にあるので、気になる方は足を運んでみると、派手な兄弟喧嘩がイメージできるかもしれません。

日常の中に神話が息づいていると思うと、鳥居をくぐる空気が変わるのも頷けます。

天の岩戸

というお話でした。

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参考・出展

國學院大學 古典文化学事業|古事記ビューアー「天の石屋」