集団心理が引き起こす偽りの合意
Abilene paradox
おもんばかる、気を回す、下種の勘繰り…などなど、相手の気持ちに勝手に先回りして推し量る表現はいくつかあります。以前書いた『 沈黙の螺旋(Spiral of Silence)』でも似たような話をしましたが、今回は、「穿ち(うがち)過ぎ」というお話。
アビリーンのパラドックスとは
アビリーンのパラドックスとは、誰も望んでいない選択に全員が同意してしまう、集団心理の現象のことです。気を回しすぎた善意が、いつの間にか最悪の結果を引き起こす。
今回のテーマ「穿ち(うがち)過ぎ」というのは、言い換えると深読みのし過ぎとか気の回し過ぎとか、勘ぐり過ぎというような意味。
アビリーンのパラドックスは、こんな実話から名前がつきました。
8月の暑い日、ある家族が団欒していた時のこと、父親がみんなが詰まらなそうにしているのを見兼ねて、夏休みだからどこか旅行に行かないか?と提案する。
そして53マイル(約85㎞)離れたアビリーンへ旅行先が決まった。
アビリーンにはさびれたレストランが1軒あるくらいで他には何もないところ。実はこのとき、誰もがその旅行を望んではいなかった。にもかかわらず、お互いが家族の中で自分だけ行かないとは言い出せずに、家族の誰かが行きたいなら行くしかないかと腹をくくって、渋々同意していたのだ。
道中は熱く、砂埃が酷くて快適とはほど遠いものだった。結局、その酷い旅行から帰ってきてから、提案した父親も含めて誰一人として、アビリーンへは行きたくなかったという事実が発覚した。
この話は『 アビリーンのパラドックス 』と呼ばれる集団心理の一種。気を回しすぎた結果、誰も望まない方向へ全員が流されてしまう——深読みの恐ろしさを示した話です。
組織でのアビリーンのパラドックス
アビリーンのパラドックスは、ビジネスの現場でも頻繁に起きます。あまり乗り気でない提案が上がり、反対意見が一つも出なかったために通ってしまう。事を荒立てたくないという事なかれ主義や、周囲に流される日和見主義が生む悲劇です。
制作現場でも同様のことが起こりえます。クライアントの意向を忖度しすぎた結果、誰も求めていないデザインや構成になってしまうことがあります。気を回した善意の積み重ねが、気づけばプロジェクト全体を間違った方向へ導いているのです。
アビリーンのパラドックスが厄介なのは、全員が悪意を持っていない点です。むしろ「相手に合わせよう」という配慮から生まれます。しかし、その配慮が重なると、誰も本音を言えない状況が生まれてしまいます。
アビリーンのパラドックスを防ぐには
アビリーンのパラドックスを防ぐために最も有効なのは、「それは本当に全員が望んでいることか」と立ち止まって確認する文化を作ることです。
Qriousでは、ミーティングの場で「実はこれ、どう思ってる?」と個別に意見を引き出すことを意識しています。全体の場では言い出せなくても、個別に聞くと本音が出てくることが多いからです。また、あえて反論役を置く「悪魔の代弁者」という手法も有効です。
関西のツッコミ文化は、アビリーンのパラドックスに対する有効な防衛手段かもしれません。組織にも、正直に「それはおかしい」と言える人が一人いるだけで、大きく変わります。
ちなみに…
ちなみに、アビリーンのパラドックスを提唱したのは、アメリカの経営学者ジェリー・B・ハービーです。1974年に論文「The Abilene Paradox: The Management of Agreement」で発表し、組織論・リーダーシップ研究の重要なテーマとして広まりました。
よく混同されるのが、社会学者エリザベス・ノエル=ノイマンが提唱した「沈黙の螺旋」です。アビリーンのパラドックスは「全員が内心では反対なのに賛成してしまう」状態。沈黙の螺旋は「少数派が多数派に飲み込まれて黙ってしまう」状態。共通するのは「本音が言えない」という点ですが、メカニズムは異なります。
どちらも根っこにあるのは「場の空気を読みすぎること」です。空気を読むことは大切ですが、読みすぎて自分の意見を失ってしまうのは、組織にとっても個人にとっても損失です。
空気は読むものではなく、作るものだ。
アビリーンのパラドックス
というお話でした。
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参考・出典

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。