パッチアダムス

パッチ・アダムス ~ 器用と不器用

上手にできることが、正解とは限らない

The Power of Being Awkward

パッチ・アダムスと聞くと、赤い鼻をつけた医師を思い浮かべる人も多いでしょう。彼は医師でありながら、笑いや遊び、人との関係を大切にしました。器用に生きることだけが正解ではない。今回は、「不器用だからこそ見えるもの」というお話。

パッチ・アダムスが選んだ、不器用な道

パッチ・アダムスは、医師であると同時にクラウンとして活動してきた実在する人物です。

Gesundheit! Instituteの公式プロフィールによれば、彼は医療を社会変革の手段として考え、1971年に仲間たちと同研究所を設立しました。最初の12年間は共同生活をする家を医療の場として使い、無料で患者を受け入れていました。

さらに1980年代からは、クラウン活動を取り入れた国際的な活動も始めています。1984年には最初の国際的な人道支援クラウン活動を組織し、後には病院や孤児院、戦争地域などにも活動を広げました。

「医師なら、医師らしくするべきだ。」

そんな常識から見れば、ずいぶん遠回りです。

白衣を着て、診察して、薬を出す。

それだけなら、もっと効率よくできたかもしれません。

ところが彼は、医療に「笑い」「遊び」「創造性」「人との関係」を持ち込もうとしました。

もちろん、これは医学的治療の代わりに笑いだけで治すという話ではありません。Gesundheit! Institute自身も、クラウンやユーモア、遊びを医療の代替ではなく、ケアに加えるものとして位置づけています。

ここが重要です。

パッチ・アダムスの「不器用さ」は、単に型破りだったということではありません。

「もっと人間らしくできないか」と考えた結果、既存のやり方から少し外れていった。

その結果として、周囲から見ると不器用に見える方法を選んだのかもしれません。

器用に働く人たち

仕事が早い。

ミスが少ない。

説明がうまい。

相手の意図をすぐ理解できる。

空気を読んで、問題が起きる前に対処できる。

こうした「器用さ」は、間違いなく仕事の武器です。

クリエイターの世界でも同じです。デザインが早い、コードを書くのが早い、文章をまとめるのが早い、新しいツールをすぐ使いこなす。器用な人は、たくさんの仕事をこなせます。

でも、器用に仕事をこなせることと、人の心に残る仕事ができることは、必ずしも同じではありません。

器用さとは、与えられた問題を上手に解く能力である。

しかし創造とは、そもそも「何が問題なのか」を問い直すところから始まる。

パッチ・アダムスが面白いのは、「医療をどう効率化するか」だけではなく、「そもそも病院とは何なのか」「患者と医師はどんな関係であるべきなのか」と問い直したところです。

実際、彼が示した病院構想では、医療を単なるサービスではなく、人間同士の関係として捉え直そうとしていました。

これはクリエイターにも通じます。

「もっと早く作るには?」

「もっと売れるには?」

「もっと評価されるには?」

もちろん、それも大切です。

でも、その前に、

「そもそも、私は何を作りたいのか?」

「誰のために作っているのか?」

「この仕事で、何を変えたいのか?」

と考えてみる。

効率よく答えを出すことより、問いそのものを変えてしまう。

そこに、創造の面白さがあります。

パッチ・アダムスが教えてくれる「不器用さ」

私たちは、できるだけ器用に生きようとします。

失敗しないようにする。

嫌われないようにする。

迷惑をかけないようにする。

仕事を早く終わらせる。

相手の期待に応える。

もちろん、それ自体は悪いことではありません。ただ、器用になればなるほど、「自分が本当にやりたいこと」より「周囲から求められること」を優先してしまうことがあります。

クリエイターなら、「売れるもの」を作るのが上手になった結果、「自分が作りたいもの」が分からなくなることもあるでしょう。

クライアントの意図を汲み取ることが上手になった結果、自分の意見を出さなくなることもある。業界の正解を知った結果、誰もやっていないことを怖がるようになることもある。

だから、ときには不器用でいい。遠回りしてもいい。すぐに答えを出せなくてもいい。

パッチ・アダムスの活動は、医療を「人間的な関係」や「遊び」「創造性」から捉え直そうとする試みでした。

それは、クリエイターにとってもひとつのヒントになります。

上手に作ることだけが、創作ではない。

自分にしか見えない違和感を拾うこと。

誰も気にしないことにこだわること。

効率が悪くても、面白いと思った方法を試すこと。

それが、いつか「その人にしか作れないもの」につながっていくのかもしれません。

ちなみに…

パッチ・アダムスの活動で面白いのは、「医者なのにピエロの格好をしている」という見た目だけではありません。

彼はクラウンとして病院や孤児院、紛争地域などを訪れ、人を笑わせる活動を続けてきました。

ここで少し考えてみると、「人を笑わせる」というのは、実はかなり不器用な仕事です。

相手が笑ってくれる保証はありません。ちらが一生懸命ふざけても、相手からすれば「何をしているんだ、この人は」と思われるかもしれない。まして病気や苦しみを抱えている人の前なら、なおさらです。

それでも、完璧な言葉や立派な肩書きではなく、あえて「笑わせようとする人」になる。そこには、医師としての技術とは別の勇気があります。クリエイターも、少し似ています。

「これ、面白いかな?」

「こんなの誰が見るんだろう?」

「自分だけ浮いてしまわないかな?」

そんな不安を抱えながら、それでも作ってみる。

上手だから作るのではなく、作りたいから作る。

評価されるかどうかを考える前に、自分の中にある「ちょっと変かもしれない」を外へ出してみる。もしかすると、器用な人とは「失敗しない人」ではなく、失敗しても器用に見せられる人なのかもしれません。

だから、たまには不器用でいい。

笑われるくらいで、ちょうどいい。

完璧な道化師より、少し不器用な道化師のほうが、人間らしくて面白いのだから。

パッチ・アダムス ~ 器用と不器用

というお話でした。

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参考・出典

Simon & Schuster|Gesundheit!

Gesundheit! Institute|Patch Adams