対価という物差し
The Principle of Equivalent Exchange
目には目を——以前「目には目を ~ 過去の自分を失う前に」という復讐をテーマにした記事を書きましたが、今回はもう一つの源流、ハンムラビ法典から。ハンムラビ法典では、「やられたらやり返せ」という復讐の教えではありません。本来は「被害を超えた報復を禁じる」公平の原則です。今回は、「等価交換」というお話。
目には目をの本来の意味
「目には目を」と聞いて、多くの人が「やられたらやり返せ」という意味だと思っているはずです。しかし本来の意味は、まったく逆です。
人の目を潰したならば、その者の目を潰すこと。人の歯を折ったならば、その者の歯を折ること。
ハンムラビ法典(紀元前1754年頃)より
この条文が意味するのは、「目をやられたなら目だけで済ませろ。それ以上の報復は認めない」という過剰報復の禁止です。紀元前の社会では、わずかな被害をきっかけに部族ごと皆殺しにするような過剰な復讐が横行していました。それを「被害と同じ範囲の報復にとどめよ」と制限したのが、ハンムラビ法典の「同害報復(タリオの法則)」の本質です。
つまり「目には目を」は復讐を推奨する言葉ではなく、等価を超えた暴力を禁じた、当時としては極めて画期的な公平原則だったのです。
クリエイターの対価
等価の原則をクリエイターの現場に置き換えると、問題がくっきり見えてきます。
「勉強になるでしょう」「実績になるからタダでやって」「予算がないけど、なんとかなりませんか」——こうした依頼を受けた経験のあるクリエイターは少なくないはずです。しかし考えてみれば、これは「目には目を」の逆です。クリエイターは時間・技術・経験・感性というリソースを差し出しているにもかかわらず、対価として戻ってくるものが等価ではない状態です。
ハンムラビ法典の精神に照らせば、仕事には仕事の対価を。才能には才能に見合う報酬を。それは復讐でも贅沢でもなく、等価という最もシンプルなフェアネスの話です。
クリエイターが正当な対価を求めることは、相手を傷つけることではありません。むしろ「等価な関係を結ぶことが、良い仕事の土台になる」という認識を双方が持てるかどうかが、長く続く仕事関係を作るかどうかの分岐点になります。
制作現場に活かす
等価の原則を制作現場で実践するには、見積もりと合意のプロセスが鍵になります。
クリエイターが自分の仕事に正確な価格をつけることは、自己防衛であると同時に、クライアントへの誠実さでもあります。「この仕事にはこれだけのリソースが必要です」と明示することで、対価の根拠が双方に見えるようになります。曖昧なまま進めて後から揉めるより、最初に等価を確認する方が、結果的にプロジェクトはスムーズに進みます。
一方、クライアント側も同じです。予算を低く見積もって質の高い成果物を求めることは、目には目を——等価の原則に反します。安い予算には相応のアウトプットが返ってくる。これは批判ではなく、等価という自然な法則です。
ゲツコーギルドでは、見積もりの段階でスコープ(作業範囲)を明確に文書化することをルールにしています。「ここまでが今回の対価に含まれる範囲です」と最初に合意しておけば、追加対応が発生した時も「目には目を」の原則で追加費用を提示できます。過剰なサービスも、過少な納品も、どちらも等価ではない。フェアネスを基準にした関係が、クリエイターとクライアント双方を守ります。
ちなみに…
ちなみに、ハンムラビ法典は現代の法制度の驚くほど多くの源流になっています。最低賃金の概念、契約の文書化義務、医療過誤への賠償責任、建築物の欠陥に対する施工者の責任——4000年近く前の石板に刻まれた条文が、現代のビジネス慣行の骨格として生き続けているのです。
また、ハンムラビ法典が発見されたのは1901年のことで、フランスの考古学チームがイランで高さ2.25メートルの閃緑岩の石碑を発掘しました。現在はパリのルーブル美術館に収蔵されており、実物を見ることができます。楔形文字で刻まれた282条の条文の上部には、太陽神シャマシュからハンムラビ王が法典を授けられる場面が彫刻されています。
公平とは、誰も傷つけずに帳尻を合わせる技術なのかもしれません。
対価という物差し
というお話でした。
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参考・出展
東北大学附属図書館調査研究室年報|「ハンムラビ法典」金属板について

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。