人魚姫

人魚姫 ~ 声を捨てて手に入れたもの

認められるために、何を差し出すか

The Little Mermaid and the Price of Your Voice

声と引き換えに人間の足を手に入れ、愛した人に想いを伝えられなかった人魚の少女。アンデルセンの原作は、ディズニー版よりずっと切なく、苦い余韻を残します。そのため、ただの悲恋では片づけられません。さらに、その姿は、評価のために自分の声を差し出すクリエイターにも重なります。今回は、「声と創作」というお話。

原作は、切なく残酷な物語

人魚姫は、1830年代にアンデルセンが書いた童話です。ディズニー版の明るい結末とは違い、原作はとても切なく、残酷な物語として知られています。あらすじは次の通りです。

人魚姫は、嵐で難破した王子を救い、恋に落ちる。彼女は海の魔女に美しい声を差し出し、人間の足を得る。ただし、歩くたびにナイフの上を歩くような痛みが走る。王子が他の娘と結婚すれば、翌朝には泡となって消える定めだった。王子は別の娘を命の恩人と信じ、その娘と結ばれる。人魚姫は王子を刺さず、海に身を投げて泡になる。

しかし、物語はそこで終わりません。人魚姫は空気の精に生まれ変わり、善い行いを重ねれば、永遠の魂を得られるとされます。つまり、悲劇の底に、わずかな救いが残されているのです。

人魚姫に重なるクリエイター

では、人魚姫の選択は、クリエイターと無縁でしょうか。声は、クリエイティビティや個性そのものです。そして魔女との取引は、仕事を得るために自分らしさを手放す場面によく似ています。たとえば、流行に合わせて作風を変えることや、相手の好みだけで作品を直し続けることです。

その結果、足は手に入っても、一歩ごとに痛みが走ります。特に似ているのは、次の3点です。

1つ目は、声を失うと、自分の仕事だと名乗れなくなることです。人魚姫は、王子を救ったのが自分だと伝えられませんでした。同じように、クレジットが載らない契約では、作者として名乗れません。

2つ目は、代償を知りながら受け入れてしまうことです。魔女は痛みと消える運命を告げましたが、人魚姫は恋を選びました。クリエイターも、チャンスを逃したくなくて、不利な条件をのみがちです。

3つ目は、成果が他人のものになることです。王子は、命の恩人を別の娘だと信じました。つまり、人魚姫の献身は、評価されない仕事の姿でもあるのです。

人魚姫が教える、声を失わない創作

とはいえ、人魚姫は声を失っても、表現をやめませんでした。王子のために踊り、足の痛みに耐えながら、誰よりも美しく舞ったのです。つまり、手段を奪われても、表現は別の形で残ります。

ただし、大切なのは、声を売る前に線を引くことです。売ってよい声と、売ってはいけない声を、先に決めておく必要があります。

創作とは、誰かに合わせて声を差し出すことではない。自分の声を持ったまま、誰かへ届けることである。

チームを預かる立場なら、メンバーの声を守ることも仕事です。声を失った人魚姫は、泡になるまで、本当のことを誰にも伝えられなかったからです。

ちなみに…

ちなみに、人魚姫の像が生まれた経緯も、創作の裏話として面白いものです。

コペンハーゲンの港に座る像は、1913年に除幕されました。きっかけは、ビール会社カールスバーグ創業者の息子、カール・ヤコブセンです。彼は王立劇場の人魚姫のバレエに感動し、主役のバレリーナ、エレン・プライスに、像のモデルを頼みました。

ところが、プライスは裸になることを断ります。そのため、体は彫刻家エドヴァルド・エリクセンの妻エリーネがモデルになりました。顔はプライスだという説もありますが、俗説だとする資料もあります。

像は、その後も受難が続きました。1964年に頭部を切り落とされて持ち去られ、1998年にも再び首を切られています。さらに2010年の上海万博では、初めて公式に台座を離れ、その間、コペンハーゲンには公認の複製が置かれていたそうです。

声を失った人魚は、首を切られても、また同じ場所に座り続けているのです。

あなたの声は、誰かに売る前に、まずあなた自身が聴いてあげてください。

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