ドア・イン・ザ・フェイス ~ 概算から詳細へ

ドア・イン・ザ・フェイス ~ 概算から詳細へ

ドア・イン・ザ・フェイス

Door in the Face

この業界に限ったことではありませんが、制作の受託を請けるのに交渉はつきもの。交渉っていうとちょっと大げさに感じるかもしれませんが、身近でイメージしやすい交渉の例としては「見積」がありますよね。今回は要求というお話。

交渉相手が気心知れたクライアントや担当者の場合、それまでの関係性や慣例で特に交渉などすることなく、話を進められるでしょうが、そういった人間関係が確立されてない相手だったら当然、お互いの要求をぶつけ合うことになります。

交渉事が得意な人と苦手な人と居ると思いますが、フリーランスだとそうも言ってらんないので、僕が交渉事で使う手法を一つ紹介します。心理的なアプローチの一つで、ドア・イン・ザ・フェイス(Door in the face)という方法なです。過大要求法とか二段階要請法、譲歩的要請法、返報性の原理などと呼ばれてるものも、同様の心理的交渉テクニックです。

ドア・イン・ザ・フェイスとは、簡単に説明すると一番最初の提案は、まず受け入れられないだろうと思われる条件や内容をダメ元で要求し、断られるのは織り込み済みなので直ぐに次の本命案を提案すという方法です。この方法には2つの効果があります。
1つ目は、交渉相手にまず一度断らせることで引け目を感じさせる心理的効果。2つ目は、最初の提案のインパクトがあまりに強いため、次の提案が凄く良心的に感じるという心理的効果があります。具体的にはこんな感じです。

(仕様・要件概要を聞いた上で)企画・構成・設計とディレクション、デザインとコーディング20ページ想定、JS、PHPでの開発が入るので概算で100万程度です。納期は着手から2~3ヶ月程度掛かりそうです。

(それはちょっと予算的に…)ん~でしたら、CMSを入れれば開発工数が多少軽減されますので70万くらいまでは下げられそうです。或いは…情報量が少ないページや重要度が低いページは削って、デザインのパターンを増やさなければ、え~っと~50万くらいまで何とか下げられるかもしれません。納期的には着手から1.5ヶ月程度です。

わかりやすくオーバーにざっくりと書いてますが、この方法は外交交渉などにもよく使われるテクニックです。米国の社会心理学者ロバート・チャルディーニ氏の実証実験によれば、最初の提案後に二番目の提案をしたとき、二番目の提案を受け入れた確率は約50%という実験結果が出ています。

一見、悪どいように映るかもしれませんが、実はこれは親切心の裏返しだと僕は考えています。クライアントが企業の場合、予算確保のために見積から稟議を通さなければいけない会社もあります。基本的に見積金額以上で稟議に掛けることは無いので、もし概算後の細かい調整、例えば制作範囲や工数、仕様や要件が変わった時に、見積額が上振れするとクライアント側で再度、稟議を掛けなきゃいけなくなります。
ならば、最初に大きな金額を提示して、想定できる範囲内の概算見積を出すことで、上振れすることに対処できるし、どんな条件で金額の増減が起こるのかも担当者に伝わるはずです。
クライアントも二度手間にならずに済みますし、逆に下振れした場合はとくに問題にはならないので、そういう点まで考慮して提案しています。

リスクを伴う交渉

しかし、この方法を使う最大の理由は実は別のところにあります。毎日5件程度の見積依頼や相談が来る中で、真剣にギルドに制作依頼をしてくるクライアントは5件中1件あるかないかの割合で、あまり高い確率ではないので正直、話半分で伺っています。もちろん、いい加減に答えているわけではありませんが、真剣な制作依頼かどうかを見極める方法として、このドア・イン・ザ・フェイスがどの方法よりも確実なのです。

どのクライアントも動き出す時期って大体一緒でスケジュールが重なるんですよね。リソースやマンパワーにも限りがあるので案件の優先順位を付けなければなりません。
概算の段階で「高いからいいや」と金額を理由に手を引くケースは、予算ありきで良いモノ創りを目指してるクライアントではない場合が多いので、お互いに無駄なやり取りは削れます。

逆にモノ創りに真剣に向き合うケースでは価格交渉をしてくるはずです。
そうなればコチラのやるべきことはただ一つ。もっと詳細を聞き出して概算ではなく正式な見積もりを出すために、実現できる方法を探りながらの提案、例えば「こういう方法もあるのでコストや工数をこれくらい減らせますよ」といった具体的な提案へと移行できます。予算や納期にできるだけ沿った形になるように、3回ほどのやり取りを重ねてクロージングさせます。

なぜ3回かと言うと、これまでの経験上、それ以上の回数を提案や調整に費やしてもクロージングに至らないケースが殆どだからです。その間、納期までの時間をいたずらに消費するだけなので、その時間を条件が合う制作会社を探して制作時間に充てる方がよっぽど効率的です。つまり3回以上は不毛に終わるということです。

ただし、最初の提案には功罪があると思います。インパクトが強いために副作用、つまり取れる案件を逃してしまう危険性、失注のリスクを伴います。他にもあまり推奨できない交渉事に使われる手法として、フット・イン・ザ・ドア(Foot in the Door)やローボール・テクニック(Law-ball Technique)などがあります。
機会があれば触れてみたいと思います。

ちなみに先ほど紹介した社会心理学者ロバート・チャルディーニ氏の実証実験で、最初の要求をせずダイレクトに二番目の要求をした場合は17%しか要求を受け入れられなかったという実験結果が出ています。
ドア・イン・ザ・フェイスで引き揚げた50%の確立が高いと思うか低いと思うかは、みなさんの考え方次第でしょう。

ドア・イン・ザ・フェイスを試してみても構いませんが、不調に終わっても僕のせいではありませんからね。苦情は一切受け付けないので予め諦めてください。お決まりの自己責任で。

ドア・イン・ザ・フェイス

というお話でした。

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