知ることが、誰かを傷つけるとき
Curiosity killed the cat
好奇心旺盛と言われている猫。知らないことを知りたい。隠されている理由が気になる。そんな好奇心が、新しい発見につながることは少なくありません。しかし、相手が話したくないことまで聞き出そうとしていないですか。知ることで誰かを傷つけたり、信頼を失ったりする場合もあります。今回は、「好奇心と責任」というお話。
好奇心と、立ち入ってはいけない領域
好奇心は、創造や探究に欠かせないものです。知らないことを知りたいと思うからこそ、人は学び、新しいものを生み出せます。
僕の率いるギルドにとっても、好奇心は大切な原動力です。興味や関心を持って制作や開発に取り組めば、仕事はより楽しくなります。思いがけない発見が、新しいアイデアにつながることもあります。
しかし、何事にも限度があります。
イギリスのことわざに、こんな言葉があります。
好奇心は猫も殺す
Curiosity killed the cat
好奇心が過ぎると、思わぬ災難を招くという意味です。
猫は狭い場所にも入り込み、見慣れないものにも近づいていきます。その行動は愛らしいものですが、時には危険な場所へ迷い込むこともあります。そんな猫の姿が、行き過ぎた好奇心を戒める比喩として使われてきました。
人間も同じです。知りたいと思うこと自体は悪くありません。ただし、知りたいという気持ちだけで、どこへでも踏み込んでよいわけではありません。
他人の秘密、仕事上の機密、本人が話したくない過去。世の中には、知ろうとする前に立ち止まるべき領域があります。
「知りたいちゃん」が壊してしまうもの
身近に、何でも知りたがる人はいないでしょうか。
会話に出てきた知らない人物について、詳しく聞きたがる人。共有されていない情報を、根掘り葉掘り尋ねる人。本人が話題を変えているのに、何度も質問を続ける人。
ここでは、そんな人を「知りたいちゃん」と呼んでみます。
もちろん、情報を共有することは大切です。チームやプロジェクトでは、必要な情報が届かなければ、判断を誤ることもあります。
一方で、すべての情報を誰にでも公開すればよいわけではありません。リーダーが情報の共有範囲を考えるのは、メンバーを困らせるためとは限りません。個人の事情を守るためかもしれませんし、関係者への説明が整うまで待つ必要があるのかもしれません。
そこへ「知りたいちゃん」が現れ、事情も知らずに情報を聞き出そうとしたらどうなるでしょうか。
聞いた本人にとっては、ちょっとした好奇心を満たすだけの行為かもしれません。しかし、その情報が第三者へ漏れれば、人間関係やプロジェクトに大きな影響を与えることもあります。
さらに厄介なのは、質問した本人が、その後の影響まで考えていない場合です。聞くだけ聞いて、問題が起きたら「知らなかった」「そんなつもりではなかった」と言えば済むのでしょうか。
好奇心を満たすことと、その情報を知った後の責任を引き受けることは別です。
聞く前に、その答えを知る必要が本当にあるのか考えてみることです。
知った情報には、責任が伴う
では、立ち入り禁止の領域に触れてしまったとき、何を考えるべきでしょうか。
まず、その情報を知る必要があったのかを振り返ることです。必要な情報だったとしても、扱い方には注意が必要です。
例えば、仕事でクライアントの事情やチーム内の問題を知ることがあります。そうした情報は、業務を進めるうえで必要な場合もあります。しかし、興味本位で第三者に話してよいものではありません。
情報を知ったことで、自分の判断や行動が変わることもあります。場合によっては、情報を共有した人と一緒に、問題の解決へ向き合う必要もあるでしょう。
だからこそ、情報を得る前に、その目的を考えることが大切です。知る必要があるのなら、適切な相手に、適切な方法で確認すればよいのです。
反対に、相手が話したがらないことや、共有する理由が見当たらないことについては、無理に聞き出す必要はありません。
また、情報を伏せる側にも配慮が必要です。必要な情報まで隠してしまえば、チームの信頼や仕事の進行に悪影響を及ぼします。守るべき秘密と、共有すべき情報を見極めることが重要です。
好奇心を捨てる必要はありません。むしろ、好奇心があるからこそ、相手の事情や情報の背景にも関心を向けられるはずです。
知りたいと思ったときこそ、一度立ち止まってみる。相手の立場を想像し、尋ねるべきかどうかを考える。その判断もまた、好奇心を持つ人に必要な知性ではないでしょうか。
ちなみに…
「Curiosity killed the cat」ということわざには、意外な変遷があります。
現在よく知られている形が広まる前には、「Care killed the cat」という表現が使われていました。ここでいう care は、思いやりというよりも、心配や気苦労を意味します。つまり、もともとは「心配しすぎると身を滅ぼす」という趣旨の言葉だったのです。
この表現は、16世紀末のイギリスの劇作家ベン・ジョンソンの作品にも見られます。その後、19世紀には curiosity を使った形が確認されるようになりました。いつ、誰が言葉を置き換えたのかについては、はっきりしていません。
さらに、英語では後ろに「but satisfaction brought it back」と続ける形も使われます。直訳すると「しかし、満足が猫を生き返らせた」という意味です。
この続きが加わると、ことわざの印象は少し変わります。好奇心には危険がある一方で、知ることによって得られる喜びにも価値がある、という読み方ができるのです。
考えてみれば、好奇心をすべて抑え込んでしまえば、新しい発見も生まれません。大切なのは、好奇心をなくすことではなく、その向け方を考えることです。
知らない技術を調べることと、他人の秘密を暴くことは違います。未知の課題を探究することと、相手の意思を無視して詮索することも違います。
その違いを見極められるかどうかが、好奇心を創造の力に変えられるか、信頼を壊す刃にしてしまうかの分かれ道になります。
好奇心にブレーキをかけるのは、臆病ではなく、相手への敬意
好奇心と猫
というお話でした。
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参考・出展
財経新聞「『好奇心は猫を殺す』とは? 猫にまつわる英語イディオム」

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。