善きサマリア人の法

善きサマリア人の法 ~ 人道支援かルールか

善意が守られる社会

good-samaritan-law

米カリフォルニア州北部で2018年11月、広範囲に渡って猛威を振るった山火事。9日間燃え続け、東京23区相当を焼き尽くした。昼夜を問わず消防士たちは消火や避難誘導を進める中、フードトラックの経営者がタコスやブリトーを食事として無償で提供したところ、州政府はフードトラックの経営者に罰金を科しました…一体なぜ。今回は 人道的支援とルール というお話。

善意が踏みにじられた日

フードトラックの経営者の女性は、現場で休みなく働く消防士たちに無償でタコスやブリトーを配り続けた。ところが州政府は彼女を訴えた。理由は「営業許可を取得していない」というものだった。

法廷で女性はこう述べました。

連日38℃を超える猛暑の中で、16時間から18時間も働いていました。彼らは私たちの街が燃えるのを防いでくれていた。私はただ、タコスやブリトーをつくっただけです。1セントだって貰っていません。これのどこが違法なのか、説明してください。

これに対し、州政府はこう反論しました。

被告人は許可区域外で営業し、緊急販売許可も取得していませんでした。山火事の状況だからと言って、安全規則が免除されるわけではありません。ルールにはすべて理由があります。

双方の主張が真っ向から対立する中、裁判官はこう裁定しました。

被告人は災害時に食事を提供しただけだ。その許可制度は通常の商業営業のためにあるもので、緊急援助のために設けられたものではない。これは典型的な「善きサマリア人の法」のケースだ。この起訴を直ちに取り下げる。政府は彼女を責めるのではなく、感謝するべきだった。本当に馬鹿げている。

こうして州政府からの5,000ドルの罰金は、即日取り下げられました。

善きサマリア人の法とは

裁判官が言及した「善きサマリア人の法(Good Samaritan Law)」は、新約聖書のたとえ話に由来する。強盗に半殺しにされた旅人を、祭司もレビ人も素通りした。しかし異民族のサマリア人だけが立ち止まり、介抱した。イエスはその行為を「隣人愛」の模範として語りました。

この精神を法に落とし込んだのが、アメリカのカリフォルニア州で、1959年に最初に制定され、「善意で救護した者は、重大な過失がない限り民事・刑事責任を問われない」という内容でした。その後、80年代までに全米50州に広がりました。

つまり善きサマリア人の法とは、助ける側の法的リスクを取り除くことで、救護という行為そのものを社会に促す仕組みで、カナダ、オーストラリア、フランス、ドイツも相次いで導入しています。

日本に同じ法律はない

翻って日本には、善きサマリア人の法に相当する法律が存在しません。民法698条の「緊急事務管理」という規定が代替とされてはいますが、あまり知られておらず、実効性は乏しいみたいです。

結果として、助けたいという気持ちが「訴えられるかもしれない」という恐怖に負けてしまう。たとえば女性が倒れた際に男性救助者がAEDを使用する率が低い背景にも、衣服を開けることへの法的リスクへの恐怖があります。

また近年では食品ロスでも注目され、企業がフードバンクや子ども食堂へ余剰食品を寄付したり、災害時の炊き出し等の際に、食中毒が発生した場合の責任問題が、食品の提供や寄付のハードルを上げていると指摘されています。

今回のフードトラックの女性経営者は、制度ではなく裁判官の良識に救われました。しかしそれは属人的な幸運に過ぎません。善意を守る仕組みがなければ、人は「次は自分が罰せられるかもしれない」と学習し、手を差し伸べることをやめてしまいます。

ちなみに…

「サマリア人」という言葉は現代英語でも “Good Samaritan”(善意の助っ人)として慣用句的に使われている。またイギリスには自殺防止の電話相談団体「The Samaritans」が存在し、その名もこの寓話に由来している。

善意の救護という概念が宗教・法律・文化を横断して生き続けていることは、それだけ人類が「助ける側の孤独」に向き合ってきた証かもしれない。

善きソマリア人の法

というお話でした。

災害時に、誰かを助けられる状態だった時、あなたならどうしますか?

~ 本文で参考にした映像をご紹介 ~

(参考・出典)