人は事実ではなく物語を信じる
When Lies Become Truth
誰もが正しいと言っていると、疑うことをやめてしまうものです。評判や肩書き、数字ばかりが先に独り歩きしているようなこともあります。SNSで高評価だと信じちゃうように。悪党が聖人になった奇妙な物語から、今回は、「信じたいものを信じる」というお話し。
悪党が聖人になった日
チェッパレッロは善人とは程遠い人物でした。
嘘をつく。人を騙す。争いを楽しむ。良心よりも利益を優先する。
周囲から信頼されるような人間ではありません。
そんな彼が病に倒れ、死を目前にします。
ところがここで問題が起きました。
もし本当の人生を語れば、教会の埋葬を受けられないかもしれない。
そうなれば、自分を匿っていた人々まで非難される可能性があります。
そこで彼は神父の前で告解を行います。
しかし語られたのは本当の人生ではありませんでした。
彼は自らを敬虔(けいけん)で誠実な信者であるかのように語り、神父はそれを信じます。
さらに周囲の人々も信じます。
そして死後、チェッパレッロは聖人として崇められる存在になりました。
不思議なのは、嘘をついたことではありません。
もっと不思議なのは、多くの人がその嘘を疑わなかったことです。
人は事実より物語を信じる
私たちは理性的に判断しているつもりです。
しかし実際には、事実そのものより物語を信じています。
高評価の商品。有名人の推薦。権威ある肩書き。
それらを見るだけで安心してしまうことがあります。
もちろん全てが間違いではありません。
ところが人間は、自分が信じたい結論を先に決めてしまうことがあります。
その後で都合の良い情報ばかりを集め始めるのです。
チェッパレッロの周囲も同じでした。
人々は敬虔な最期を見て安心しました。
だから過去の行いを確かめようとはしませんでした。
真実を求めたのではありません。
信じられる物語を求めたのです。
権威は真実を作れるのか
チェッパレッロを聖人に変えたのは、実は本人ではありません。神父でした。
当時の人々にとって神父の言葉は大きな権威でした。
だからこそ、「神父が認めたのだから間違いない」と考えたのです。
私たちも同じかもしれません。
有名人が勧めている。専門家が解説している。フォロワーが何万人もいる。
そんな肩書きを見た瞬間、疑うことをやめてしまうことがあります。
もちろん専門知識には価値があります。しかし権威と真実は同じではありません。
肩書きが正しいのではなく、正しいから評価されるはずなのです。
ところが順番が逆になると、人は簡単に騙されます。
チェッパレッロの物語は、信頼の危うさについても語っているのです。
クリエイターほど気をつけたい罠
創作者にとって評価は重要です。
読まれたい。見てもらいたい。認められたい。
それは自然な感情でしょう。しかし評価ばかりを見始めると危険です。
なぜなら評価は結果であって、本質ではないからです。
たとえば数字だけを追い続けると、本当に作りたいものではなく、評価されそうなものを作り始めます。
すると創作は少しずつ変質していきます。
やがて作品ではなく評価が目的になります。
チェッパレッロが聖人になったのも、本当に聖人だったからではありません。
聖人という評価を与えられたからです。
人は評価を真実だと思い込みます。
だからこそクリエイターは、評判と実力を混同してはいけません。
嘘が真実になる日
嘘は事実にはなりません。しかし社会的な真実になることはあります。
多くの人が信じれば、その人物像は現実のものとして扱われます。
また、多くの人が評価すれば、その価値は本物のように見えてきます。
だからこそ私たちは慎重でなければなりません。
誰かの評判を見る前に、自分の目で確かめる。
あるいは誰かの感想を聞く前に、自分自身で考えてみる。
そして、ときには多数派の意見を疑ってみることも必要です。
その習慣がなければ、人は簡単に他人が作った物語の中で生きるようになります。
チェッパレッロの物語が恐ろしいのは、悪党が嘘をついたことではありません。
むしろ、嘘が真実になってしまう仕組みを、人間が昔から変わらず持ち続けていることなのです。
ちなみに…
チェッパレッロの告解は、『デカメロン』第一日第一話として配置されています。
つまり100話に及ぶ物語群の始まりを飾る作品です。
ボッカッチョは読者へひとつの注意を与えています。
それは、
これから登場する人物たちをそのまま信じてはいけない
という警告です。
デカメロンに登場する人物たちは、善人でありながら欠点を持ち、悪人でありながら魅力も持っています。
現実の人間と同じです。
だからチェッパレッロは、単なる詐欺師として描かれていません。
読者は彼に呆れながらも、その機転や知恵にどこか惹かれてしまいます。
ボッカッチョは物語の最初で、人間は単純ではないというテーマを示したかったのかもしれません。
チェッパレッロの物語は、嘘を批判する話ではありません。
嘘を信じてしまう人間を映す鏡なのです。
だから700年近く経った今でも、この物語は色あせないのでしょう。
人を騙す嘘より、自分が信じたい嘘の方が見抜きにくい
チェッパレッロの告解
というお話でした。
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参考・出展
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ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。