執着と撤退
Sunk Cost Effect
何時間もかけた企画や何度も直したデザインがあります。ここまで頑張ったのだからやめたくない。しかしその判断は未来のためではなく、例えばすでに払ってしまった時間に縛られているだけなのです。だから損切りできません。今回は、「もったいないからやめられない」というお話。
ここまでやったのに
Webサイトのリニューアルを想像してください。企画を立て、デザインを作り、コーディングをして、何度も修正を重ねます。ところが途中で気づくのです。「あれ?この企画、もう必要ないんじゃないか」と。
市場が変わったのかもしれません。あるいはクライアントの方針が変わったのかもしれません。さらに、もっと良い方法が見つかった可能性もあります。本来なら一度立ち止まって、今から始めるなら同じことをやるだろうかと考えるべきです。
しかし、多くの人はやめられません。なぜなら「ここまで時間をかけたから」「多額のお金を使ったから」「皆で頑張ってきたから」という気持ちが湧いてくるからです。
こうした、すでに支払ってしまい取り戻せない時間や費用を「サンクコスト(埋没費用)」と呼びます。そして、そのサンクコストに引っ張られてやめるべきことを続けてしまう心理を、サンクコスト効果といいます。
もう取り戻せない過去を理由に、これから失う未来まで差し出してしまうのだ。もったいないと思っているのは過去だが、実際に失われるのは未来である。
なぜ、もったいないが判断を狂わせるのか
サンクコストの厄介なところは、「もったいない」という感情がとても正しく聞こえることです。確かに、途中でやめれば今までの努力は無駄になるように思えます。
100時間かけた。100万円使った。何度も失敗した。
だから、もう少し続ければ報われるかもしれない。
しかし、ここで考えるべきなのは、「今までいくら失ったか」ではありません。これから先、何を得られるのかです。すでに使った100万円は、続けても戻ってきません。すでに費やした100時間も、取り戻せません。そのお金と時間は、すでに過去のものです。
ところが人は、過去の投資を無視できません。例えば「せっかく買ったから」と合わない服を着続けたり、「ここまで待ったから」と終わった関係を続けたりします。
損失を認めることは、誰にとってもつらいものです。そのため「続ければ損を取り戻せるかもしれない」と考えてしまいます。しかし過去の支出は戻りません。むしろ追加の時間や費用を失う可能性もあります。その結果、損失はどんどん広がっていくのです。
大切なのは、過去の損失と未来の選択を分けることです。そのうえで、今後の価値だけを見る。つまり「今までいくら失ったか」ではなく「これから何を得られるか」で判断するのです。
クリエイターは、作品を捨てにくい
制作には、時間だけでなく感情も入ります。だから苦労したデザインほど手放しにくくなります。何度も書き直した文章や、開発に時間をかけた機能も同じです。
しかし完成したことと、価値があることは別物です。実際、ユーザーは制作時間を見ません。使いやすいか、目的に合っているかだけを見ます。したがって評価は、投入量だけでは決まらないのです。
迷ったときは、次の質問を自分に投げかけてみてください。「今から新しく始めるなら、この案を選ぶだろうか」。もし答えが「選ばない」なら、見直しが必要です。
もちろん、過去の努力を否定する必要はありません。なぜなら学んだことは次の制作へ持っていけるからです。例えばボツ案も経験として残ります。つまり作品を捨てることは、努力を捨てることではないのです。
やめることは失敗ではない
「やめる」と聞くと、負けたように感じます。しかし撤退は、勇気ある判断の一つです。例えば目的が変わったなら方法も変えますし、市場が変わったなら企画を見直します。
一方で、短期の結果だけでやめる必要もありません。そのため、あらかじめ検証期間を決めておくことが大切です。さらに達成したい数字や見直す日を先に決めておけば、感情だけで判断しにくくなります。
公開後に「誰にも使われていない」ことがわかる。すると「でも、こんなに時間をかけたんです」と言いたくなる。気持ちはよくわかります。実際、僕も何度も経験しています。しかしユーザーは、制作に何時間かかったかを知りません。
結局、ユーザーが見るのは目の前にあるものだけです。使いやすいか、わかりやすいか、役に立つか。それだけです。だからときには、自分が苦労して作ったものを捨てなければならないのです。
コンコルド効果という名前
サンクコスト効果は、コンコルド効果とも呼ばれます。由来は、超音速旅客機コンコルドです。開発途中で採算性への懸念が指摘されました。それでもすでに巨額の投資があったため、計画を止めにくくなりました。その結果、商業的な失敗につながったのです。
このように、サンクコスト効果は日常を含む広い傾向です。例えば映画を途中まで観たから最後まで観たり、美味しくない料理でもお金を払ったから全部食べたり、遊ばなくなったゲームをいつか遊ぶかもと消せなかったり。人は小さな日常の中でも、すでに払ったコストに縛られています。
中止を決める質問
迷ったときは、次の5つの質問をチームで共有してみてください。
- 仮に第三者なら、どう判断するだろうかこうした問いは、感情を否定しません。
- 今から始めるなら、同じ投資をするだろうか
- 目的は、現在も変わっていないだろうか
- 追加投資をすれば、何が具体的に改善するのだろうか
- もしやめた場合、その時間を何に使えるだろうか
こうした問いは、決して感情を否定しません。一方で、判断の軸を整えてくれます。むしろ感情と事実を分けるために役立ちます。さらに当事者だけでは過去の努力に引っ張られるため、第三者の意見を取り入れることも有効です。
例えば「ここまで来たから」という理由だけで進み続けることは、果たして勇気でしょうか。それとも、単に引き返すことが怖いだけでしょうか。もちろん続けることには忍耐が必要です。しかしやめることにも、同じくらいの勇気が必要です。特に長い時間をかけたものほど難しく、自分の努力を否定するような気がするからです。
ところが、やめたからといって過去のすべてが無駄になるわけではありません。失敗した事業から学んだことや、使われなかったWebサイトを作った経験、合わない仕事をした時間、終わってしまった人間関係など、それ自体は取り戻せません。
しかし、その経験まで消えるわけではないのです。実際、クリエイターのポートフォリオには載らない作品や、世に出なかった企画、途中でボツになったデザインがあります。それでも、それらを作った時間が次の作品の中に生きていることもあるのです。
つまり、これまでの時間や努力が無駄だったかどうかは、やめた瞬間には決まりません。その後、何につなげるかで変わることもあるのです。
失敗を経験に変える
やめた企画は、無駄になるのでしょうか。
必ずしも、そうとは限りません。
その結果、経験が次の力になります。調査で得た知識が残ります。失敗から、判断基準も生まれます。次の企画では、同じミスを避けられます。
また、捨てた案が別の形で使えることもあります。
重要なのは、失敗を正当化することではありません。経験を次の選択に変えることです。
こうして、過去の損失に意味を与えられます。だから、撤退の記録を残します。
何が合わなかったのかを書きます。次に何を試すのかも決めます
ちなみに…
ちなみに、サンクコスト効果の例としてよく語られるのが、超音速旅客機コンコルドの話です。イギリスとフランスが共同開発したこの飛行機は、開発途中から採算性への懸念が指摘されていました。それでもすでに巨額の開発費を投じていたため、開発は続けられました。
この事例から、合理的な撤退が難しくなる現象を「コンコルド効果」と呼ぶことがあります。ただし「ここまで投資したのだから続けなければ」という考え方は、なにもコンコルドだけの話ではありません。例えば映画を途中まで観たから最後まで観たり、美味しくない料理でもお金を払ったから全部食べたり、遊ばなくなったゲームをいつか遊ぶかもと消せずにいたりと、人は日常の中でもすでに払ったコストに縛られています。
つまり過去に支払ったものは戻りません。だからこそ、未来のために何を選ぶのかを考えることのほうが、大切なのかもしれません。
続けた時間を惜しむより、これから使う時間を大切にしたい
サンクコスト効果
というお話でした。
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参考・出典

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。