ゴルディオンの結び目

ゴルディオンの結び目 ~ ルールは誰が決めたのか

ゴルディオンの結び目

Gordian Knot

古代アナトリアの都市ゴルディオンに、誰も解くことができなかった「伝説の結び目」がありました。「ゴルディオンの結び目を解いた者が、アジアの王になる」という伝承に多くの賢者が挑み、そして敗れ去りました。そこに現れたアレクサンドロス大王が取った行動は、結び目を解くのではなく、剣で一刀両断に切り捨てることでした。今回は 問題の解き方 というお話。

大胆な一手

「ゴルディオンの結び目(Gordian Knot)」という言葉は、現代では「大胆な手段によって、難問を一挙に解決すること」の代名詞として使われます。

紀元前4世紀のアナトリア(現在のトルコ)に、フリギアという王国があった。その王都ゴルディオンには、農民から王となったゴルディアスが神への感謝として奉納した牛車があり、ミズキの樹皮で作られた丈夫な縄で荷車の轅(ながえ)が柱に結びつけられていた。そしてこう予言した。「この結び目を解くことができた者こそ、アジアの王になるであろう」。

何人もの挑戦者が知恵を絞り、試みました。しかし誰にも解けませんでした。そうして数百年が過ぎたのです。

紀元前4世紀、世界征服を目指して東方遠征の途上にあったマケドニア王アレクサンドロス(アレクサンダー大王)が、ゴルディオンを訪れた。当時、まだ20代半ばという若さでした。すでにギリシャ世界を制し、アジアへの野望を抱いていた彼も、この結び目に挑んでみた。しかしやはり、なかなかほどくことができなかった。

そこで大王は剣を持ち出し、結び目を一刀両断に断ち切りました。天に雷鳴が轟き、従者が「これはゼウスの祝福だ」と宣言しました。後にアレクサンドロスは予言通り、アジアを制したのです。

この故事から生まれた英語の慣用句が“cut the Gordian knot”(ゴルディオンの結び目を断つ)です。「誰も思いつかなかった大胆な方法で難題を解決する」という意味で、現代も欧米のビジネスや政治の場面で使われ続けています。

前提を疑う

ではなぜ、大勢の人が挑戦しながら、剣で切るという発想が出なかったのでしょう。それは「結び目はほどくもの」という先入観が先行していたからです。

神託が条件としていたのは「轅(ながえ)を柱から離す」ということでした。ほどき方については何も言っていません。しかしいつのまにか、どうやってほどくかが目的にすり替わっていました。

アレクサンドロスが特別だったのは、目的とそこに至る手段を切り離して考えられたことです。「結び目を解く=ほどく」という等式を疑い、「本来の目的(本質)は何か」を理解していたのです。

後に大王は「運命とは伝説によってもたらされるものではなく、自らの剣によって切り拓くものである」と兵たちに宣言したとも伝えられています。これは単なる勇ましい台詞ではありません。問題の「ルールが誰によって設定されたか」を問い直す姿勢の表明でした。

固定観念に縛られている人々は、「どうやってこの紐を解こうか」と細部に目を向けます。アレクサンドロスは、その間に全く異なる次元からアプローチしました。剣で切るという発想は、いわば「コロンブスの卵」的な思考の転換だったのです。

Web制作で言えば、UIの微調整や細かな文言変更で解決するのではありません。「そもそも何のために必要なのか」「どんな意図があるのか」と、前提条件そのものを疑うことです。小手先の修正や追加ではなく、本質を見極めたうえで再定義を行う視点が必要なのです。

ちなみに…

実は古代から「結び目をほどいた」のか「断ち切った」のかで、ずっと議論が続いています。一部の史料には「アレクサンドロスは轅(ながえ)の留め具を巧みに抜き取り、縄を正当にほどいた」という記録も残っています。つまり、剣で切ったというのは後世に脚色された英雄譚かもしれないという説もあるのです。

英雄譚は「カッコいい方向」に書き換えられやすいものです。また、「一刀両断」のほうが後世に語り継がれ、心に残りやすいからでしょう。

また、固定観念と言う意味で言えば「ブルネレスキのたまご」も少し似ていますね。

結び目を解こうとする前に、それが本当に「解くべきもの」かを問う。

ゴルディオンの結び目

というお話でした。

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(参考・出典)