完璧主義という名の罠
Achilles and the Tortoise
デザインはもう少し磨けるはず、コードはもっとスマートに書けるはず、企画はまだ詰められるはず——そうして「完璧」を追いかけるほどにゴールは遠ざかり、手を動かすべき時間だけが残酷に、音もなくただただ流れてゆく。今回は 完璧主義 というお話。
頭の中では追いつけない
紀元前5世紀、古代ギリシャの哲学者ゼノンはこんな逆説を唱えました。足の速い英雄アキレスと、のろい亀が競走をする。亀に少しだけハンディを与えたとして、果たしてアキレスは亀に追いつけるか——。
答えは「追いつけない」。ゼノンはそう言いました。
理由はこうです。
アキレスが亀のいた地点に到達した瞬間、亀はその間に少し先へ進んでいる。アキレスがその地点へ着いた時にも、亀はまた少し先にいる。これを無限に繰り返すかぎり、アキレスは永遠に亀を追い越せない——。
もちろん現実的には追いつきます。でも「なぜゼノンの論理がおかしいのか」を説明しようとすると、途端に言葉に詰まってしまいます。この問いは2400年以上、哲学者たちを悩ませてきました。
クリエイターの仕事も、これによく似た状態に陥ることがあります。「もう少しだけ直せば完成する」と思っているうちに、ゴールがじわじわ遠ざかる。頭の中でアキレスは、いつまでも亀に追いつけないのです。
動き続ける
完璧主義と先延ばしは、実は深くつながっています。心理学の研究によると、「完璧にできないかもしれない」という不安が、着手そのものを妨げる原因になります。準備が整ってから始めようとするほど、始めるタイミングは永遠に来ない。
ゼノンのパラドックスを解いたのは、17世紀の微分積分学でした。無限に続く細かいステップの合計は、有限の値に収束する——つまり、小さな前進を積み重ねれば必ずゴールに届く、という数学的な証明です。
これはクリエイターの仕事に、そのまま置き換えられます。60点のものを世に出して、フィードバックをもらいながら70点、80点へと育てていく。完成を待って動かない100点より、動き続ける60点の方が遠くへ行ける。
Webの仕事はとりわけそうです。紙と違って公開してから直せる。ユーザーの反応を見てから改善できる。「リリース=完成」ではなく「リリース=スタート」と考えれば、あのアキレスも、ようやく亀を追い越せます。
ちなみに…
ちなみに、「アキレスと亀」のアキレスは、ギリシャ神話に登場する英雄アキレウスのこと。トロイア戦争で活躍した、神話随一の俊足の持ち主です。その不死身の英雄が、のろのろ歩く亀に追いつけないという逆説が、この話の痛快さの源になっています。
ゼノン自身は「アキレスは追いつけない」と本気で主張したかったわけではなく、当時のピタゴラス学派の論理矛盾を突くための思考実験として使ったとされています。
アキレスと亀
というお話でした。
~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~
(参考・出典)

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。