見たいものしか見えない
Echo Chamber Filter Bubble
エコーチェンバーとフィルターバブルという二つの概念が、静かにあなたの情報環境を塗り替えています。似た意見だけが響き合う部屋と、アルゴリズムが編む見えない泡。その仕組みを知ることが、檻の外側へ出る第一歩です。今回は 情報の檻 というお話。
エコーチェンバーとフィルターバブルの正体
SNSのタイムラインが、いつのまにか自分と同じ意見ばかりで埋め尽くされていることがあります。あるいは、検索結果が、まるで自分の好みを見透かしたかのように偏っていることもあります。そうした違和感を覚えたことはないでしょうか。
この違和感の正体は、決して気のせいではありません。インターネットという広大な情報空間は、本来であれば多様な意見や立場に出会えるはずの場所です。しかし実際には、多くの人が自分の見たい情報だけを見て、見たくない情報からは無意識に遠ざかっています。そのため、世界はどんどん狭く、均質なものに見えてくるのです。
インターネットは、世界を広げる装置であると同時に、世界を狭める装置でもある。情報技術の発展は、皮肉にもこの二面性を加速させてきた。
なぜこうした現象が起きるのでしょうか。理由は大きく二つに分けられます。一つは、人間自身が同じ意見の仲間とだけ繋がろうとする心理的な傾向。もう一つは、SNSや検索エンジンのアルゴリズムが、利用者の好みに合わせて情報を自動的に選別してしまう仕組みです。そして前者をエコーチェンバー、後者をフィルターバブルと呼びます。
エコーチェンバーとフィルターバブルの仕組み
エコーチェンバーとは、もともと音響学の用語です。声が壁に反射し続け、自分の出した声だけが何重にも増幅されて返ってくる部屋を指します。SNSの世界に置き換えると、自分と同じ意見を持つ人々だけをフォローし、異なる意見を遮断していく構造のことです。
心理学には確証バイアスという概念があります。人は自分の信念を支持する情報を好み、反証する情報を無意識に避ける傾向を持つというものです。つまりエコーチェンバーは、テクノロジーが生んだ病ではなく、もともと人間の中にあった性質を増幅する鏡だといえます。
人は、自分の信じたいものを信じる生き物である。情報の選別は、技術が登場するはるか以前から、人間の認知そのものに組み込まれていた性質です。
一方でフィルターバブルは、2011年にイーライ・パリサーが提唱した概念です。検索エンジンやSNSのアルゴリズムが、利用者の過去の行動履歴を学習します。そして、その人が好みそうな情報ばかりを表示し続ける現象を指します。エコーチェンバーは人間関係の選択によって生まれます。一方フィルターバブルは、アルゴリズムという他者の手によって編まれていきます。そこが大きく異なる点です。
パリサーは、検索結果が一人ひとり違う形に最適化されていく様子を、誰にも見えない繭のようなものとして描きました。利用者自身は、その繭の存在に気づきません。さらに厄介なことに、繭の外に何があるかを知る手段そのものが、繭によって遮断されているのです。
たとえば、ある商品について検索したとします。すると、その後しばらく関連広告ばかりが表示され続ける、という経験は多くの人にあるはずです。これはフィルターバブルのごく身近な一例であり、情報だけでなく購買行動にまで影響を及ぼす仕組み、所謂レコメンド機能です。
エコーチェンバーは「誰をフォローするか」という、自分自身の選択の積み重ねです。一方フィルターバブルは「何を見せられているか」という、見えない他者の編集です。
エコーチェンバーとフィルターバブルを抜け出す
エコーチェンバーとフィルターバブルが重なり合うとき、私たちはもっとも厄介な確信を手にしてしまいます。言わば檻の中に閉じ込められているのと同じ。自分の意見が反証されないまま、まわりの声によって繰り返し補強され続けるからです。そして、それが世界の総意であるかのように感じられてしまうのです。SNS上の論争が極端化しやすい理由の一つは、ここにあると考えられています。
では、檻の外側では何が起きているのでしょうか。実際には、自分の見ている景色とはまったく異なる前提や価値観で生きている人々が、同じ社会の中に数多く存在しています。その存在に気づけるかどうかが、視野の広さを左右する分かれ目になります。
自分の世界がすべてだと思い込んだ瞬間、人はもっとも視野の狭い状態に陥る。檻の中にいることに気づかない者ほど、その檻を強固なものにしてしまう。まるで、プラトンのイデア論のように。
したがって、制作者やフリーランスとして情報を扱う立場にある人ほど、意識的に「檻の外側」を覗く習慣を持つ必要があります。具体的には、あえて異なる立場のメディアを定期的に読むこと。フォローする相手の傾向を時々見直すこと。検索結果が個人最適化されている前提を忘れないこと。こうした小さな実践の積み重ねが、視野を広げる第一歩になります。
また、クライアントワークにおいても一度立ち止まる視点が有効です。自分が見ている市場の声は、フィルターバブルの内側で増幅されたものではないか。そう疑う姿勢が大切になります。
エコーチェンバーとフィルターバブルは、どちらも自覚しにくいという共通点を持っています。しかし、その仕組みさえ知っていれば、檻の存在に気づき、外側へ一歩踏み出すことは十分に可能です。見たい世界だけを見るか、それとも広い世界を選び取るか。その選択権は、いつも自分自身の手の中にあります。
ちなみに…
ちなみに、エコーチェンバーという言葉自体は、もともと録音スタジオの専用の部屋を指す技術用語でした。残響効果を作り、歌手の声に深みを与えるための物理的な箱です。それがいつしか、人間の思考が反響し合う比喩として転用されたわけです。音楽用語が社会心理学の用語に転生した、という経緯自体もなかなか面白いものがあります。
檻は、鍵をかけられているのではなく、いつでも檻の外に出ていくことはできるのです。
エコーチェンバーとフィルターバブル
というお話でした。
~ 関連する記事 ~
~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~
(参考・出展)

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。