ドア・イン・ザ・フェイス

ドア・イン・ザ・フェイス ~ 逆算された過大要求

ドア・イン・ザ・フェイス

Door in the Face

この業界に限ったことではありませんが、制作や開発の受託を請ける際に、条件面での交渉はつきものです。交渉っていうと、ちょっと大げさに感じるかもしれませんが、身近でイメージしやすい交渉の例としては「見積」があります。今回は 要求 というお話。

「NO」から始める見積交渉術

交渉相手が気心知れたクライアントであれば、これまでの関係性や慣例に基づいて、特段の交渉をすることなくスムーズに話を進められるでしょう。しかし、まだ信頼関係が確立されていない相手となれば、当然、お互いの要求をぶつけ合うことになります。

交渉事は得意・不得意が分かれる分野ですが、フリーランスにとっては避けて通れない道です。そこで、僕が実践している交渉手法の一つを紹介します。それは、心理学的アプローチに基づいた「ドア・イン・ザ・フェイス(Door in the face)」というテクニックです。「過大要求法」や「二段階要請法」とも呼ばれ、「返報性の原理」を利用した代表的な交渉術です。

ドア・イン・ザ・フェイスの仕組みと効果

ドア・イン・ザ・フェイスとは、簡潔に言えば、最初に、相手に断られることを前提とした過大な要求(本命ではない案)を提示し、断られた直後に、本命である良心的な案を提案する手法です。このアプローチには、主に2つの心理的効果があります。

  1. 「断らせる」ことによる引け目(返報性の原理): 交渉相手に一度「NO」と言わせることで、相手に小さな罪悪感や引け目を感じさせます。その後、こちらが譲歩した案を出すと、相手も「今度は受け入れなければ」という心理が働きやすくなります。
  2. 対比効果(コントラスト効果): 最初の提案があまりに過大でインパクトが強いため、次に提示する本命案が、相対的に非常に良心的で魅力的に感じられます。

具体的な交渉シミュレーション

(仕様・要件概要をヒアリングした上で、あえて高めの概算を提示する)

僕: 「承知いたしました。企画・構成から設計、ディレクション、そしてJSやPHPを用いた開発を含む20ページ想定のデザインおよびコーディングまで、トータルでお引き受けする場合、概算で100万円程度となります。納期は着手から2~3ヶ月ほどを見込んでおります。」

クライアント: 「うーん、100万円ですか……。正直、そこまでの予算は確保してなくて……。」

(断られることを織り込み済みで、即座に譲歩案=本命案を提示する)

僕: 「なるほど、予算のご事情、承知いたしました。では、アプローチを変えてみましょう。例えば、CMS(コンテンツ管理システム)を導入することで、開発工数を大幅に削減し、70万円程度までコストを抑えることが可能です。

あるいは、情報量の少ないページの整理やデザインパターンの限定など、制作範囲を最適化すれば、50万円程度で納めることも現実的です。この場合、納期も1.5ヶ月程度に短縮できます。いかがでしょうか?」

わかりやすくオーバーにざっくりと書きましたが、この方法は、米国の社会心理学者 ロバート・チャルディーニ氏の実証実験によれば、最初の提案後に二番目の提案を受け入れた確率が約50%という実験結果に基づいてます。

リスクを伴う交渉

これは決して、相手を騙して高い金額をふっかけるためのテクニックではありません。外交交渉などでも用いられる正当な手法であり、米国の社会心理学者ロバート・チャルディーニ氏の実証実験によれば、最初の提案後に譲歩案を提示した場合、その受け入れ率は約50%という高い結果が出ています。

クライアントが企業の場合、見積を元に社内稟議を通さなければならないケースが多々あります。稟議は基本的に見積金額を上限として行われるため、制作過程で制作規模や仕様変更、要件追加が発生し、見積額が上振れした場合、担当者は再度、稟議を掛け直すという多大な労力を強いられます。

だからこそ、最初に想定され得る最大限の制作範囲を含んだ「大きな金額(上振れ防止のバッファを含んだ概算)」を提示するのです。これにより、以下のメリットが生まれます。

このように、単なる価格交渉のテクニックとしてだけでなく、プロジェクト全体のリスクマネジメントと、クライアントの社内プロセスの円滑化までを見据えて、この「NO」から始める提案を行っているのです。

  • 予算の「上振れ」リスクの回避: クライアントは、追加予算の稟議という二度手間から解放される
  • 金額増減のロジックの共有: どのような条件で金額が変動するのかが明確に伝わり、担当者も社内説明がしやすくなる
  • 「下振れ」への柔軟な対応: 最終的に制作範囲が縮小し、金額が下がる分には、社内的に何の問題にもならない

しかし、この方法を使う最大の理由は実は別のところにあります。毎日数件の見積依頼や相談が来る中で、真剣に制作依頼をしてくるクライアントの割合は、正直あまり高い確率ではありません。

もちろん、いい加減に回答してるわけじゃありませんが、制作依頼に繋がるかを見極める方法として、このドア・イン・ザ・フェイスがどの方法よりも確実なのです。

リソースやマンパワー、スケジュールにも限りがありますし、案件の優先順位を付けなければなりませんので、見積概算の段階でクライアントの本気度が図れたら、お互いに無駄なやり取りは削れます。

ただし、この手法は「諸刃の剣」でもあります。最初のインパクトが強すぎれば、本来獲得できたはずの案件をその場で逃す「失注リスク」という副作用を伴うからです。

他にも、「フット・イン・ザ・ドア」や「ローボール・テクニック」など、取り扱い注意な交渉術はいくつか存在しますが……これらについては、また別の機会にお話ししましょう。

ちなみに…

ちなみに、先ほど紹介した社会心理学者ロバート・チャルディーニ氏の実証実験で、最初の要求をせずダイレクトに二番目の要求をした場合は、わずか17%しか要求を受け入れられなかったという実験結果が出ています。

ドア・イン・ザ・フェイスで引き揚げた、50%の確立が高いと思うか低いと思うかは、みなさんの考え方次第だと思いますので、ドア・イン・ザ・フェイスを試してみても構いませんが、不調に終わっても苦情は一切受け付けないので、予め諦めてくださいね。
お決まりの自己責任で。

ドア・イン・ザ・フェイス

というお話でした。

~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~

(参考・出典)

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