傍観者効果

傍観者効果 ~ 誰かが助けると思った

責任の分散

Bystander Effect

制作現場には、誰もが気づいているのに、誰も手をつけていない問題が生じることがあります。「誰かが直すだろう」と思った小さな違和感が、いつの間にか大きな問題になることも。今回は、クリエイティブの現場にも潜む「傍観者効果」…についてのお話。

誰かが助けると思った

困っている人を見かけたとき、周りに自分しかいなければどうするでしょう。おそらく、多くの人は「自分が何とかしなければ」と考えると思います。しかし、その場に十人、二十人と人がいたら。

「誰かが助けるだろう」

そう思うかもしれません。そして恐ろしいことに、その場にいる全員が同じことを考えていたとしたら。

誰も助けない。

こうした現象は、社会心理学で「傍観者効果」と呼ばれています。

周囲に人がいることで、一人ひとりが感じる責任が薄れ、行動を起こしにくくなることがあります。一人なら、自分がやるしかありません。しかし、周りに人がいればいるほど、

「自分がやらなくても、誰かがやるだろう」

と考えやすくなります。責任は、人数が増えるほど薄まっていくのです。

誰かがやるだろうという思考は、ときに誰も動かないという結果を生む。

人が多いから安心とは限りません。「誰か」という存在が増えるほど、自分が動く理由が薄れてしまうこともあるのです。

制作現場の「誰かが直す」

クリエイティブの仕事では、小さな違和感に気づく場面がたくさんあります。デザインを見ていて、

「この余白、少し気になるな」

と思う。Webサイトを触っていて、

「スマホだと少し使いにくいな」

と思う。文章を読んでいて、

「この表現、少しわかりにくいかもしれない」

と思う。でも、そのままにする。

「デザイナーが考えているだろう」

「コーダーが直すだろう」

「ディレクターが確認するだろう」

そして、誰も何もしない。クリエイティブの仕事は、明確な正解がないからこそ難しいものです。バグのように「壊れている」と言い切れるものばかりではありません。

少し違和感がある。

何となく使いにくい。

言葉にできないけれど、何かが引っかかる。

そんな曖昧なものほど、後回しにされやすいのです。

「自分の担当ではない」

そう思った瞬間に、その違和感は宙に浮きます。そして宙に浮いた違和感は、誰にも拾われないまま残り続けます。

気づくことも仕事

クリエイターの仕事は、自分の担当範囲だけを完成させることではありません。

デザイナーならデザインだけ。コーダーならコードだけ。ライターなら文章だけ。もちろん、それぞれに専門性があります。すべての仕事を自分でやる必要はありません。しかし、完成したものを見るのはユーザーです。

ユーザーは、

「これはデザイナーの担当だから」

「これはコーダーの問題だから」

とは考えてくれません。ただ、一つの作品として見ます。だからこそ、専門外であっても気づいたことを共有する意味があります。

「ここ、少し見づらいかもしれません」

「この動き、ユーザーは迷うかもしれません」

「この文章だと、意図が伝わりにくいかもしれません」

修正する必要はありません。解決策まで持っている必要もありません。

違和感を見つけて、言葉にする。

それだけでも、十分にクリエイティブな仕事です。

作品は、担当者の境界線を越えたところで完成する。

良い作品をつくるチームには、「自分の仕事ではないから」と違和感を見過ごさない人がいます。気づく力は、デザインアプリやプログラミング言語だけでは身につかない技術なのかもしれません。

ちなみに…

傍観者効果を語るうえで有名なのが、1964年にニューヨークで起きた「キティ・ジェノヴィーズ事件」です。当時は「多くの人が事件を目撃していたにもかかわらず、誰も助けなかった」と報道され、傍観者効果を象徴する出来事として広く知られるようになりました。

しかし後年、この報道には目撃者の人数や状況について不正確な部分があったことが明らかになっています。現実は、後から作られた物語ほど単純ではありませんでした。

それでも、この出来事をきっかけの一つとして、心理学者のビブ・ラタネとジョン・ダーリーは、人が他者の存在によってどのように行動を変えるのかを研究しました。

ここで興味深いのは、傍観者効果が単純に「人は冷たい」という話ではないことです。周囲の誰も動かない。

すると、

「自分が大げさに考えているのかもしれない」

「これは問題ではないのかもしれない」

と、自分の判断まで疑ってしまうことがあります。これはクリエイティブの仕事にも少し似ています。

「このデザイン、何か違和感がある」

そう思っても、周りの誰も何も言わない。

すると、

「自分だけが気にしすぎなのかな」

と思ってしまう。でも、その違和感は案外大切なものかもしれません。作品を良くするきっかけは、最初から明確な答えとして現れるとは限らないからです。

誰かがやると思ったとき、その「誰か」は自分かもしれません。

傍観者効果

というお話でした。

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(参考・出典)