砂漠のキツネ

砂漠のキツネ 〜 目には見えない大切なもの

本質は、心が知っている

Little prince

砂漠のキツネが王子に語りかける、あの一節を思い出す場面が、仕事でもプライベートでも幾度となくあります。先日、あるクリエイターと久しぶりに食事に行った。転職活動をしているのは知っていたので近況を聞いたら、美大か芸大を出てないとデザイナーじゃないと言われた話を聞かされた。目に見えない大切なもののお話。今回は、「目に見えない価値」というお話。

キツネが語った言葉

ビジネスでもプライベートでも、ことあるごとに思い出す物語のフレーズがあります。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』です。いくつか大切にしている小説の一つで、不思議な世界観でストーリーが展開します。そのフレーズは、砂漠のキツネが主人公の王子に言った意味深な言葉です。

It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。

出典:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 著 『 星の王子様 』より

実際、この一節は、大切な判断を迫られる場面で、いつも頭をよぎります。ビジネスの場でも、人間関係でも同じです。つまり、目に見えているものだけで判断していないか、と自問させてくれる言葉です。

砂漠のキツネが伝えたかったのは、単なる感傷ではありません。つまり、本当に大切なものは、数字やランキングや外見には現れません。これは普遍的な真実です。そして、この問いは、クリエイターの採用現場にもそのまま当てはまります。

目に見えないものと採用基準

学歴という「目に見えるもの」

あるクリエイターから、面接で「美大や芸大を出ていないとデザイナーとして認めない」と言われたという話を聞きました。ところが、学歴という「目に見えるもの」だけで判断する人が、今も存在します。

採用する側は、さまざまな情報から人となりを判断しています。たとえば、容姿や言葉遣い、仕草といった外見です。さらに、履歴書や職務経歴書、ポートフォリオに書かれた経歴や実績、スキルもあります。また、考え方やSNSの投稿から、思想を見ることもあるでしょう。

しかし、学歴や経歴は、その人物の一部分に過ぎません。また、これらの情報はいずれも過去のものです。つまり、これから先を示しているわけではありません。重要なのは、この先、その人物とよい仕事ができるか、よい関係を築けるかです。そのため、過去の栄光にすがった採用では、上手くいくものもいかなくなります。

減点方式がまねく悪循環

「目に見えやすいもの」に頼った採用は、偏った判断を生みがちです。たとえば、次のようなものです。

  • いい大学を出ていない = 頭が悪い
  • 美術系の学校を出てない = デザインできない、絵が描けない
  • 転職が多い = わがままで飽きっぽく忍耐力に欠ける
  • 上手く話せない = 協調性や表現力に欠ける

いずれも、「目に見えるもの」を根拠にした減点方式の判断です。その結果、求める人材を確保できません。さらに、入社後も正当に評価されないため、長く続かないという悪循環が生まれます。

砂漠のキツネの言葉を借りるなら、採用担当者こそ「心の目」で人を見る必要があります。

目に見えないものをクリエイティブに活かす

Web制作やデザインなどのクリエイティブな仕事において、目に見えているものよりも、目に見えないものの方がむしろ重要です。思い出・心理状態・やさしさ・思いやり・愛・魂——目には見えないけれど、確かに存在するもの。こういった目に見えないものを作品に投影することで、見る人の心に響いたり、心を震わせたりすることができます。

見ているだけで癒される、感動する、心地よい、使いやすい。それは数値や学歴には表れませんが、見える以上の効果と価値をもたらします。目に見えやすい白黒・甲乙・ランキングが世の中を支配するほど、何か大切なものを置き忘れてきたような気がしてなりません。

砂漠のキツネの一節は、クリエイターとして作品と向き合う時、そして人と向き合う時に、心の目を忘れないための言葉として、いつも傍に置いています。

ちなみに…

ちなみに、『星の王子さま』を書いたサン=テグジュペリは、作家であると同時に飛行士でもありました。1935年、パリ=サイゴン間の飛行レース中にエンジントラブルでリビア砂漠に不時着し、水もなく4日間を生き延びた経験があります。この極限状態での体験が、砂漠を舞台にした『星の王子さま』の世界観の根幹にあるといわれています。

砂漠という、目に見えるものが何もない場所で見えてきたのが「かんじんなことは目に見えない」という真実だったとすれば、その言葉の重さはまた違って感じられます。

心の目で見れば、砂漠にも星にも、大切なものは満ちている。

砂漠のキツネ

というお話でした。

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参考・出展

加藤宏幸「サン=テグジュペリと砂漠」(岩手大学)