損得を越える判断基準
Categorical Imperative
私たちは日々、評価されたいなら残業する、売れたいならトレンドに乗るといった条件付きの判断で動いています。カントはそれを仮言命法と呼び、対置される無条件の命令を定言命法と名付けました。クリエイターが迷った時に立ち戻る軸はどちらにあるのでしょうか。今回は、「条件を外して考える」というお話。
仮言命法とは
仮言命法は、「もし〇〇したいなら、△△しなさい」という条件付きの命令です。目的がある場合にのみ機能します。
例えば、コンペに勝ちたいなら徹夜してでもクオリティを上げる、クライアントに気に入られたいなら要望通りに直す、といった判断は全て仮言命法です。非常に実用的で、現場ではこの連続で仕事が回っています。
しかし、仮言命法には致命的な弱点があります。目的が変われば、命令自体が無効になることです。勝ちたくなくなったら徹夜する理由はなくなり、気に入られたくなくなったら修正する理由もなくなります。目的が人によってバラバラなため、共通の正しさにはなりません。クリエイターの燃え尽きや手戻りの多くは、この条件付きの判断に振り回されていることが原因です。
定言命法とは
定言命法は、条件を一切含まない無条件の命令です。誰にとっても、いつでも正しいと言える行動だけをしなさい、という考え方です。
カントはこれを確かめるために二つのテストを用意しました。
一つ目が普遍化のテストです。あなたの行為のルールが、すべての人にとっての普遍的な法則になってもよいと思えるようにのみ、行為しなさいというものです。
例えば、納期に間に合わないから進捗を偽って嘘の報告をする、という場面を考えてみます。もし世界中の全クリエイターが同じことをすれば、誰も進捗という言葉を信じなくなり、制作という行為自体が成り立たなくなります。自分の嘘が、自分が利用している信頼の制度を破壊してしまうため、この行為は間違っていると判断できます。
二つ目が人格尊重のテストです。
人間を決して単なる手段としてのみ扱わず、常に同時に目的としても扱うこと、それが道徳の根本である。人はモノではなく、自ら目的を持ち判断する理性的な存在である。
クライアントを単なる入金のための手段として扱ったり、逆に自分自身を単なる労働力という道具として扱い、心身をすり減らす働き方は、このテストに反しています。コンビニで買い物をする行為は、店員をレジを打つ手段として利用しつつも、対価を払い相手の生活も尊重しているため、許容されます。問題なのは手段としてのみ扱うことです。
クリエイティブ現場での使い分け
では、現場ではこの二つをどう使い分ければよいのでしょうか。
仮言命法は戦術として非常に優秀です。納期や予算、トレンドといった条件の中で最適解を出すための道具として使います。
一方で、定言命法は戦略や軸として機能します。迷った時に立ち戻る場所です。
例えば、炎上しそうな表現で一時的にバズる手法は、仮言命法ではバズりたいならやる、という判断になります。しかし定言命法の普遍化テストにかけると、全員が同じことをすれば表現への信頼が失われるため、採用すべきではないという判断になります。
また、安請け合いをして無理な要望を全て飲むことは、クライアントを神様として扱うようで一見誠実に見えますが、実は自分自身を単なる手段として扱っているため、長期的には良い仕事には繋がりません。
クリエイターやディレクターに求められるのは、普段は仮言命法で柔軟に動きつつ、いざという時に定言命法でブレーキを踏める自律性です。
自律という名の自由
カントが最も重視したのが、自律という概念です。
誰かに命令されたから、損得があるからではなく、自分の理性が正しいと判断した普遍的な法則にのみ従うこと、それを自由と呼びました。
他律的に生きるとは、クライアントの顔色やPV数、周りの評価という外部の条件に振り回されることです。常に不安がつきまといます。
自律的に生きるとは、たとえ誰も見ていなくても、評価されなくても、これは全員がやっても正しいと自分が確信できる仕事をするということです。一見不器用ですが、結果としてそれが信頼を生み、ブランドになっていきます。
条件を外した時、あなたの中に何が残るでしょうか。
ちなみに…
ちなみに、カント自身は極めて規則正しい生活で知られています。毎日午後3時半に散歩に出かけ、近所の人々はその姿を見て時計を合わせたという逸話が残るほどです。
彼の生活は極めて禁欲的で規則に満ちていた。定時に起床し、執筆し、講義し、散歩する。その反復こそが、彼にとっての定言命法の実践であったのかもしれない。自由とは気まぐれではなく、自ら立てた法則を自ら守り続けることである。
彼にとって哲学は机上の理論ではなく、生き方そのものだったのです。
条件を外せば、自分の軸が見えてくる。
定言命法
というお話でした。
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(参考・出典)

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。