愛を知った日が、最後の日
The Cat That Lived a Million Times
子どもの頃に読んで、意味が分からなかった絵本。それなのに、なぜか心に引っかかって、何度も読み返してしまう。そんな一冊、ありませんか?僕にとっては、ある絵本がそうでした。実際、読むたびに少しずつ意味が見えてきて、ついに買ってしまったほどです。今回は、「人生について」というお話。
大人が読み返す絵本
その絵本は、佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』です。講談社から、1977年10月に出版されました。200万部を突破した、ロングセラーです。
実際、幼稚園や図書館の児童書コーナーでも、よく見かける絵本です。一方で、大人が贈り物に選ぶことも多いといいます。ただ、決して、子ども向けの明るい話ではありません。それでも、読む年齢によって、受け取り方が変わる絵本です。
主人公は、100万回死んで、100万回生きたとらねこです。
愛を知らなかったねこの物語
愛されても、泣かなかったねこ
ねこは、100万人の飼い主に飼われました。王様、船乗り、手品使い、泥棒、おばあさん、小さな女の子。飼い主たちは、ねこが死ぬたびに、ひどく悲しみました。ところが、ねこは、少しも悲しくありませんでした。飼い主が大嫌いで、自分のことだけが大好きだったからです。
野良ねこと、白いねこ
やがて、ねこは、誰のねこでもない野良ねこになります。周りのメスねこには、モテモテでした。しかし、白いねこだけが、ねこに興味を示しません。気を引こうと、ねこは自慢話をします。それでも、白いねこは振り向きませんでした。
そのうちに、ねこは、白いねこのそばにいたいと思うようになります。そして、「一緒にいてもいい?」と尋ねました。すると、白いねこは、その思いを受け入れたのです。
初めての涙
こうして、二匹は、たくさんの子ねこに囲まれて暮らしました。やがて、白いねこは年老いて、ねこの隣で動かなくなります。ねこは、生まれて初めて、大泣きしました。朝も昼も夜も、100万回も泣き続けました。そして、泣き止んだねこは、白いねこの隣で動かなくなります。ねこは、二度と生き返りませんでした。
ねこが本当に死んだ意味
この結末を読んで、多くの人が「よかった」と思うのではないでしょうか。ねこは、最愛の白いねこと出会って、生まれて初めて、本当の意味で死にました。それなのに、不思議と、ほっとするのです。
100万1回目がなかった理由
では、なぜ、100万1回目はなかったのでしょうか。もう、これ以上の人生はありえないと思ったから。白いねこのいない人生に、意味を感じなかったから。あるいは、愛や悲しみが揃って、この繰り返しから解放されたから。解釈は、読み手に委ねられています。
また、評論家の宮崎哲弥さんは、こう読み解いています。ねこが転生をやめたのは、他者を愛して悲しみ抜き、すべての苦から解放されたからだ、と。いずれにしても、ねこは、最後に最愛の白いねこの隣で添い遂げました。不思議なハッピーエンドです。
一度きりの人生だから
ただ、私たちは、ねこのように生まれ変わることはできません。だからこそ、一度しかない人生を、満足できるように過ごしたいものです。
そして、できることなら、ねこのように、愛する人より1日だけ長生きしたい。心の整理ができてから、旅立てたらと願います。
ちなみに…
ちなみに、作者の佐野洋子さんは、1938年に北京で生まれました。2010年11月、72歳で亡くなっています。
亡くなる前、余命宣告を受けた佐野さんは、ある条件で撮影を許しました。顔を映さないこと。その映像は、ドキュメンタリー映画『100万回生きたねこ』になっています。佐野さんは、絵本の誕生にまつわるエピソードも、自ら語りました。さらに、亡くなったあと、映画は、佐野さんが「ふるさと」と呼んだ北京へ向かいます。
一方、佐野さんは、生前のエッセイにこう書いています。「私の絵本の中でめずらしくよく売れた」。つまり、あの名作は、作者本人にとっても、少し意外な大ヒットだったのです。
誰かを愛した日から、人生は始まる
百万回生きたねこ
というお話でした。
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参考・出展

ゲツコーギルド合同会社 CEO兼クリエイティブ・コンサルタント
約30年ほど前、インターネットの黎明期から企画・マーケティング、システムやネットワーク開発など、文字通りWEB業界を創ってきました。徐々に大規模プロジェクトが増えたことに伴い、プロデュースやディレクション、コンサルティング、マネジメントを求められるようになり、東日本大震災をきっかけに、フリーランスの地位向上と働き方の創出のために制作ギルドを創立。配信やセミナーなど育成や再生も開始し、デザイナーやコーダーはもちろん、ディレクターやプロデューサーも数多く輩出しています。