きまぐれロボット
The capricious robot
誰でも期待に応えたいって気持ち、少なからず持ってますよね。自分に与えられたミッションはキッチリとこなしたい。特に若いときは何にでも完璧でありたいと想う気持ちって強いと思います。出来ない癖にね。今回は不完全というお話。
先日、たまたま見た Perfume のインタビューで、彼女たちのレコーディングは、ある日突然、歌詞と仮歌を渡されて、その日のうちにレコーディングするという話を耳にしました。
彼女たちの特徴でもある「無機質」な感じを表現するための演出方法だそうで、なるほど、歌詞の内容を理解する前の、感情がフラットな状態であればクオリティは保たれるってことなんでしょう。
人が機械的で無機質な状態を演じるってことは、エンタメの世界ではよくありそうですよね。そこで、ふと、捻くれてる僕は逆はどうだろうか?って思っちゃって、ある本のことを思い出していました。おぼろげだったので本棚を漁って、その本を読み返しました。
金持ちの主人公が、「何でもできる人間のためのロボット」を博士から高額で買い取り、自分が所有する島の別荘で丸1ヶ月、骨休めのためにロボットと生活を共にする。
博士が言った通り、そのロボットは最高傑作で食事の用意や炊事洗濯、タバコの用意から機械の修理まで、何でもこなす優秀なロボットだった。
しかし、しばらくすると暴走したり、誤動作したり、果ては動かなくなり、故障したかと思うとまた正常に動くようになった。
時には、作業中に逃亡するロボットを主人公はあの手この手で捕まえ、またある時は、ロボットが主人公に乱暴をしたり追いかけまわしたりと必死で逃げなきゃいけなくなる始末。
主人公は不良品をつかまされたと島から帰って博士に文句を言いに行く。
出典:星 新一 著 『きまぐれロボット』より
これは、 星 新一 氏の『 きまぐれロボット 』という短編小説です。
人がロボットに求めるものって効率的とか迅速さとか完璧さですよね。主人公はそれを手に入れたと思っていたし、はじめのうちは完璧で浮かれたわけですから、上げられて落とされたようなものなので、その怒りは相当なものでしょう。容易に想像できます。
話はちょっとそれますが、不完全なロボットって聞くと『がんばれ!ロボコン』を思い出します。ある年齢層の方はアイキャッチを見て懐かしく思ったことでしょう。ロボコンは与えられた任務をスマートにこなせず、実に人間らしいエピソードを毎回、巻き起こして、任務完了するとその任務の出来に対して点数が付くんですが、大体いつも「ロボコン、0点」って判定を受けて、ズッコケるってオチでした。懐かしい。
さて話を戻します。クレームがついた博士は、しかし意外なことを言います。
「故障はするし追いかけまわされるし大変な思いをした。不良品だから金を返せ!」
と言う主人公に博士は、
「それなら大丈夫。そういう仕様なのです」
と伝え、さらに続けてその意味を主人公に説明する。
「もちろん私は故障もイカれることもない完璧なロボットを作ることが出来るが、あなたがそのようなロボットと1か月一緒に生活したら、太るだろうし、体も弱る。それはあなたに何の利益ももたらさない。だから、この種のロボットコンパニオンは 人間にとってはるかに素晴らしいのだ」
出典:星 新一 著 『きまぐれロボット』より
目から鱗というべきでしょうか。鈍器で殴られたような衝撃。完璧なロボットを求める人間に対して、神からの戒めのようにも聞こえます。
完璧じゃないから完璧を求める
冒頭の完璧に成し遂げたいと思う気持ちは、自分が完璧じゃないことがわかっているからこそ、そう思い、目指すのであって、自分ではできないことをロボットに補完させるために厳しい仕様を求めるのは、言ってみたら無いものネダリのエゴでしかないと気付かされます。
一方で、完璧に創られたロボットが存在すれば、人はどんどん怠惰になり、人類のためにはならないことを、この物語は教えてくれているような気がします。
確かに博士は「人間のためのロボット」と言ってました。深読みすれば、完璧じゃなくてもいいんじゃない?不完全だからこそ人間なんだし、その不完全なところを補い合うことで、人類は成り立ってんじゃないの?って言ってる様に聞こえます。
つまり何でもかんでも完璧にこなそうと、独りよがりでオーバーフローを起こすくらいなら、不完全であることを受け入れて、抱えているものを手放したら、いろんな意味で楽になるんじゃないかと思うわけです。
また、そんな不完全な人間が他人に対して完璧を求めるなんてナンセンスです。例えばビジネスの上で他人を評価したり、恋人や伴侶、パートナーに対して、自分の事はさて置き、相手に完璧を強いる関係ってどうなのかなぁって思うのです。
お互いに補う関係の方が人間らしいし、いろんなものが共有できて楽しく過ごせるような気がするんですよね。
それは言い換えれば「諦める」っていう事なのかもしれませんが、諦めたっていいじゃない、だって人間だもの。
きまぐれロボット
というお話でした。
~ 本文で紹介された書籍をご紹介 ~
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ゲツコーギルド合同会社 CEO兼プロデューサー
2016年に東京下町から瀬戸内の離島に移住。クリエイターの働き方や人財育成、再生、地域でのクリエイティブやICTを活用したブランディングや地域創生、事業再生を得意としたプロデュースやディレクションで活躍中。メガネ&広島弁や伊予弁など方言女子が大好物。個人的には懐古的なモノがスキ。ネガティブ属性だがユーモアを忘れない。1970年 江戸下町産。