マクガフィン

マクガフィン ~ 欲望をドライブさせる空っぽの約束

感情を動かす「空白」のデザイン

McGuffin Creative Motivation Design

舞台上の誰もが命がけで追いかける「それ」の行方に、客席の僕たちはハラハラと息を呑み、いつしか釘付けになってしまうものです。たとえ、その箱の中身がただの空っぽだったとしてもね。今回は マクガフィン というお話。

巨匠が仕掛けた、世界で最も美しいペテン

映画の神様、アルフレッド・ヒッチコックが確立したとされる「マクガフィン」という手法をご存じでしょうか。これは物語において、登場人物たちが血眼になって追い求める「目的物」や「動機」のことです。スパイ映画で全員が奪い合う極秘のマイクロフィルムや、冒険家が命を懸けてジャングルを突き進む伝説の黄金像などがこれに当たります。

マクガフィンの最も面白い特徴は、「その正体や中身が何であるかは、観客にとってはどうでもいい」という点にあります。例えば、アニメ『天空の城ラピュタ』の「飛行石」や、『ONE PIECE』の「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」がそれです。私たちは、それらの成分や具体的な中身に惹かれているわけではありません。「みんながそれを激しく欲しており、それによって極上のドラマが転がり続ける」という熱狂のプロセスそのものに、いつの間しか夢中になっているのです。

Web制作に潜む見えない人参

このマクガフィンという概念は、一見すると映画の中だけのテクニックに思えるかもしれません。しかし実は、現代のWeb制作やUI/UXデザイン、マーケティングの現場において、ユーザーに「思わずクリックさせる」「夢中でスクロールさせる」ための強力な行動心理の設計図として応用されています。

私たちが日常的に触れているデジタル空間には、ユーザーの行動をドライブするための「見えない人参」が無数に仕掛けられているのです。

たとえば、画面右上に点灯する「赤い通知バッジ」、あるいは、マイページに表示される「あと一歩でゴールド会員にランクアップ」といった未達成のステータスバー。これら自体には、お腹を満たしたりお金として使えたりするような、実質的な中身(バリュー)はありません。

それでも私たちは、あの赤い丸を見た瞬間に「何が届いているんだろう?」と気になってタップしてしまいますし、インジケーターを100%に染めたくてアプリを開き続けてしまいます。

これはユーザーが「中身」を欲しているのではなく、システムが提示した「空白を埋めたい」「手に入れたい」という動機(マクガフィン)そのものに突き動かされている状態です。優れたクリエイティブや優れたWebディレクションは、商品のスペックや機能の良さを長々と説明する前に、「ユーザーが自ら動き出したくなる衝動のスイッチ(記号)」を画面の上に美しくデザインしているのです。

感情を動かす「空白」を画面に用意する

では、私たちデザイナーやコーダー、ディレクターは、どのようにしてこの効果を日々のクリエイティブに組み込むべきでしょうか。

結論から言えば、私たちが意識すべきなのは「すべてを親切に説明しすぎない」ということです。あえてユーザーの想像力が入り込むための「空白」や「謎」を、画面の設計やキャッチコピーの中に残しておくことが重要な鍵となります。

情報過多な現代に、最初からすべてが明かされている100点満点の説明書のようなWebサイトは、ユーザーをすぐに満腹にさせ、逆に、「このボタンの先には、自分の悩みを解決する何があるのだろう?」「このサービスを導入したら、自分はどんな特別な体験が得られるのだろう?」と、ユーザーが自分自身で期待を膨らみます。「余白」があるデザインこそが、持続的なエンゲージメント(熱狂)を生み出すのです。

中身という「結果」をただ提示するクリエイティブから、ユーザーが自ら答えを探しに行きたくなる「動機」を作るクリエイティブへ。ユーザーを退屈な日常から連れ出し、私たちが作ったWebサイトというステージの上で心地よく踊ってもらうために、私たちは世界で最も魅力的な「空っぽの箱」をデザインし、仕掛け続ける必要があるのです。

物事の価値を決めるのは、いつだって中身そのものではなく、それを必死に追いかけている瞬間の、私たちの心のときめきなのですから。

ちなみに…

マクガフィンという奇妙な言葉の語源には、ヒッチコックがよく語っていたお気に入りのジョークが関係しています。スコットランドの列車に乗った二人が、網棚の奇妙な荷物を指して「あれはマクガフィン(高地にいるライオンを捕まえる罠)だ」と言い、もう一方が「高地にライオンなんていない」と返すと、「じゃあ、あの荷物は意味ないじゃん」と答えるという話。存在しない架空の概念に名前をつけ、それによって会話や状況を完全にコントロールしてしまう人間の心理を、見事に突いた皮肉なエピソードです。

~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~

(参考・出典)