哀しき道化師
The Logic of a Sad Clown
こんばちは。『 哀しき道化師 』へようこそ!本ブログはデザイナーやコーダー、ディレクターなど、クリエイターやエンジニア向けに役に立ったり立たなかったりするコラムを不定期発信していきます。さあ、Webの荒野を生き抜く、道化師の独り言の始まりです。今回は 一風変わったブログのタイトル のお話。
舞台を回す「狂言回し」
Webプロデューサーは、華やかなクリエイティブの最前線に立ちながら、常に冷徹なほど俯瞰した視点を持ち続けなければならない。クライアントの要求、クリエイターのこだわり、そしてユーザーの利便性。それぞれの思惑が複雑に交錯するプロジェクトという名の「舞台」。その舞台において、Webプロデューサーは決して主役ではなく、場を円滑に回し、物語を進行させる「狂言回し」のような存在です。
時にはあえて道化を演じて場を和ませ、膠着した空気を打ち破る。あるいは、非常なロジックで正しいゴールへと導く。主役が輝くための舞台装置を整え、幕が降りるまでその進行をコントロールする。それが、道化師の仮面を被ったWebプロデューサーが果たすべき、真の役割なのです。
しかし、最前線で矢面に立ち、突きつけられる辛辣な言葉や負の感情。それらをありのままチームに伝えることはしません。負の連鎖を防ぐため、喉元まで出かかった言葉をグッとこらえ、自分の中で咀嚼し、オブラートに包んで届ける。知らなくていい苦しみは、リーダーである自分だけが背負えばいい――。
『哀しき道化師』とは、僕自身のことであり、チームを率いるすべての表現者のことです。本当の痛みは誰にも明かさず、最高のパフォーマンスのために今日も道化を演じ続ける。その孤独な沈黙こそが、僕たちのプライドなのです。
顔で笑って心で泣いて
道化師の歴史は、中世ヨーロッパの「Clown(クラウン)」に遡ります。かつて宮廷道化師として王族に仕えた彼らは、時に犬同然に扱われるほど蔑まれながらも、命をかけて王や大衆を笑わせることを生業としてきました。
その中でも特異な存在が「Pierrot(ピエロ)」です。日本では同一視されがちですが、ピエロにはクラウンとは決定的に違う特徴があります。それが、頬に描かれた「涙」のメイクです。その理由には諸説ありますが、僕はこのエピソードが一番気に入っています。
ある時、ピエロは花売りの盲目な女性に恋をした。
女性はピエロが見たいと願うようになり、ピエロは彼女に光を見せてあげたいと、目が見えるように治すことを約束する。
二人は共に暮らし始め、必死に働き手術費用を貯め、手術は無事成功。
ピエロの献身的な看病の甲斐あって、ついに彼女の目が見えるようになりました。
しかし、初めて女性の目に映ったのは、汚れた作業服を着たみすぼらしい男と、軋むドアと薄暗く殺風景で小さな部屋、見えるようになって突きつけられる冷酷な現実でした。
ピエロは彼女の顔に走った失望の影を見逃さなかった。
その翌日から、街角に立つピエロの頬には、一粒の大きな涙の雫が描かれるようになったという。
即興演劇『コンメディア・デッラルテ』より
「顔で笑って心で泣いて」――。
ネガティブな感情をすべて涙のメイクの下に封印し、今日も道化を演じ続ける。ピエロはパントマイムで感情を表現するキャラクターであり、心の内を言葉で伝えることは許されません。それは、あまりに残酷で、しかし気高く美しい、道化師という職業の宿命なのです。
シチュエーションは微妙に違うものの、どんなに絶望し、傷つき、苛立ったとしても、舞台の上では笑ってみんなを楽しませ続けなければならない使命を背負って、心情を涙でささやかに表現したという部分は共通しています。
ちなみに…
ちなみに、道化師の中にはジョークを操る者がいて、世間ではそれを ❝ ジョーカー(ジョークを言う人) ❞ と呼んでいます。そう、トランプの「ジョーカー(Joker)」の語源になったと言われています。
ジョーカーはトランプにおいて「オールマイティ」な札。どんな状況にも適応し、本音をジョークで円滑に伝えるその姿は、僕たちが目指すべきチーム運営の理想形かもしれません。
哀しき道化師(ピエロ)
というお話でした。