華やな盤面と箱の中
The Illusion of Automation
ナポレオンやフランクリンをも打ち負かし、18世紀のヨーロッパを震撼させた「自動チェス人形」が実在したのをご存知ですか。魔法のように完璧なロジックで動いているそのシステム。その裏側で、いったい何が起こっていたのか、今回は 稀代のペテン というお話。
稀代のペテン「ターク」
1770年、オーストリア=ハンガリー帝国の女帝マリア・テレジアに仕えていた官吏、ヴォルフガング・フォン・ケンペレン。あるマジックショーの席で女帝から「もっと驚くものを作れるか」と問われた彼は即座に宣言しました。「自分ならば完璧に人を騙せる機械を作れる」と。
その約6ヶ月後、マリア・テレジアの前にお披露目されたのが、チェスを指す自動人形「ターク(トルコ人)」です。ターバンを巻き、トルコ風のローブをまとった等身大の人形が、チェス盤の前に鎮座していました。
この「自動人形」はホントに強く、ヨーロッパとアメリカで展示期間中に行われたほとんどのチェスの試合に勝ち、当時最高の棋士フィリドールも対局し、辛くも勝利したものの「これまでで最も疲れる対局だった」と漏らしたと言われています。
当然、人々は疑いました。さまざまな憶測が飛び交いました。内部を観察させるデモンストレーションも行われましたが、キャビネットの左側には歯車や機械部品がぎっしり詰まっており、見た目には完璧な自動機械に映りました。
しかし真実は、もっとシンプルでした。箱の中には、小柄なチェスの達人が隠れていたのです。試合が始まる前、観客に内部を見せるデモの間、オペレーターはキャビネットの中でL字型に身を縮め、扉が閉まるのをじっと待つ。そしてろうそくの明かりを頼りに、内部のチェス盤と人形の腕に連動したレバーを操作して、駒を動かしていたのです。1770年の誕生から1854年の焼失まで、タークは84年にわたって世界を騙し続けました。その秘密が公になったのは1820年代のことです。
見えない手、魔法の箱
この話が面白いのは、タネが単純だからこそです。
「機械が思考している」という強烈な先入観が、人々の目を曇らせた。ケンペレンが巧みに仕掛けたのは精巧な歯車ではなく、「そう見せる演出」だったのです。産業革命の只中にあった18世紀の人々は、機械が人間を凌駕するかもしれないという時代の空気の中で、信じたいものを信じた。
Web制作の現場でも、似たような話はあります。洗練されたシステムやワークフロー、自動化されたように見えるプロセスの裏側で、実はデザイナーやコーダーが泥臭く手を動かしてたりします。そんな華やかな世界でもないんですよね。
タークは、そのことを250年前に証明してみせた稀代のペテン師でした。
ちなみに…
ちなみに、現代のAIブームの中で「Mechanical Turk(メカニカル・ターク)」という言葉が使われることがあります。これはAmazon社が提供するクラウドソーシングサービスの名称で、「一見AIや自動化に見えるが、実は人間が処理している」仕組みのことを指してます。
あの18世紀のペテンが、現代のテクノロジー用語として今も生き続けているのは、なかなか皮肉が効いていて面白いと思いませんか。
華やな盤面と箱の中
というお話でした。
~ 本文で参考にした書籍をご紹介 ~
(参考・出典)